治へ来始めたころからのことばかりがいろいろと思われ、総角《あげまき》の姫君の死を悲しみ続けて目ざす家へ弁は着いた。簡単な住居《すまい》であったから、気楽に門の中へ車を入れ、自身の来たことをついて来た侍に言わせると、姫君の初瀬詣《はせもう》での時に供をした若い女房が出て来て、車から下《お》りるのを助けてくれた。
 つまらぬ庭ばかりをながめて日を送っていた姫君は、話のできる人の来たのを喜んで居間へ通した。親であった方に近く奉公した人と思うことで親しまれるのであるらしい。
「はじめてお目にかかりました時から、あなたに昔の姫君のお姿がそのまま残っていますことで、始終恋しくばかりお思いするのでしたが、こんなにも世の中から離れてしまいました身の上では兵部卿《ひょうぶきょう》の宮様のほうへも伺いにくくてまいれませんほどで、ついお訪《たず》ねもできないのでございました。それなのに、右大将が御自分のためにぜひあなたへお話を申しに行けとやかましくおっしゃるものですから、思い立って出てまいりました」
 と弁は言った。姫君も乳母《めのと》もりっぱな風采《ふうさい》を知っていた大将であったから、まだあの話を忘れ
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