なだいそれたことは考えもいたしませんが『紫の一本《ひともと》ゆゑに』(むさし野の草は皆がら哀れとぞ思ふ)と申しますように、大姫君の妹様というだけでお思いになるのかとおそれおおい申しようですが、哀れに思われますほどな真心な恋をなすったのでございますね」
などと常陸夫人は話したついでに、姫君を将来どう取り扱っていいかと煩悶《はんもん》しているということを泣く泣く中の君へ訴えた。細かに言ったのではないが、二条の院の女房らの間にまで噂《うわさ》をされるようになっていることであるからと思い、左近少将が軽蔑《けいべつ》したことなどをほのめかして言った。
「私の命のございます間は、ただお顔を見るだけを朝夕の慰めにして、そばでお暮らしさせるつもりでございますが、死にましたあとは不幸な女になって世の中へ出て苦労をおさせすることになるかと思いますのが悲しくて、いっそ尼にして深い山へお住ませすることにすれば、人生への慾《よく》は忘れてしまうことになってよろしかろうなどと、考えあぐんでは思いついたりもいたします」
「ほんとうに気の毒なことだけれどそれは一人だけのことでなく父を亡《な》くした人は皆そうよ。それに女は独身で置いてくれないのが世の中の慣《なら》いで一生一人でいるようにとお父様が定《き》めておいでになった私でさえ、自分の意志でなしにこうして人妻になっているのだから、まして無理なことですよ。尼にさせることもあまりにきれいで惜しい人ですよ」
中の君が姉らしくこう言うのを聞いて常陸《ひたち》夫人は喜んでいた。年はいっているがりっぱできれいな顔の女であった。肥《ふと》り過ぎたところは常陸さんと言われるのにかなっていた。
「お亡くなりになりました宮様が子としてお認めくださらなかったために、みじめな方はいっそうみじめなものになって、人からもお侮《あなど》られになると悲しがっておりましたが、あなた様へお近づきいたしますのをお許しくださいまして、御親切な身のふり方まで御心配くださいますことで、昔の宮様のお恨めしさも慰められます」
そのあとで常陸さんはあちらこちらと伴われて行った良人《おっと》の任国の話をし、陸奥《むつ》の浮嶋《うきしま》の身にしむ景色《けしき》なども聞かせた。
「あの『わが身一つのうきからに』(なべての世をも恨みつるかな)というふうに悲しんでばかりいました常陸時代のことも詳し
前へ
次へ
全45ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング