ないのを御覧になって、
「困ったことだね」
と宮は歎息をしておいでになったが、日暮れになったので寝殿のほうへおいでになった。涼しい風が吹き立って、空の趣のおもしろい夕べである。はなやかな趣味を持っておいでになったから、こんな場合にはまして美しく御|風采《ふうさい》をお作りになり出てお行きになる宮を知っていて、物哀れな夫人の心には忍び余る愁《うれ》いの生じるのも無理でない。蜩《ひぐらし》の声を聞いても宇治の山陰の家ばかりが恋しくて、
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おほかたに聞かましものを蜩の声うらめしき秋の暮れかな
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と独言《ひとりご》たれた。今夜はそう更《ふ》かさずに宮はお出かけになった。前駆の人払いの声の遠くなるとともに涙は海人《あま》も釣《つ》り糸を垂《た》れんばかりに流れるのを、われながらあさましいことであると思いつつ中の君は寝ていた。結婚の初めから連続的に物思いをばかりおさせになった宮であると、その時、あの時を思うと、しまいにはうとましくさえ思われた。身体《からだ》の苦しい原因をなしている妊娠も無事に産が済まされるかどうかわからない、短命な一族なのであ
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