たび逢うようなことはなかったのでございます。先日京から大輔《たゆう》が手紙をよこしまして、あの方がどうかして宮様のお墓へでもお行きになりたいと言っていらっしゃるから、そのつもりでということでしたが、中将からは久しぶりの音信《たより》というものもくれません。でございますからそのうちこちらへお見えになるでしょう。その節にあなた様の仰せをお伝えいたしましょう」
 夜が明けたので薫は帰ろうとしたが、昨夜遅れて京から届いた絹とか綿とかいうような物を御寺《みてら》の阿闍梨《あじゃり》へ届けさせることにした。弁の尼にも贈った。寺の下級の僧たち、尼君の召使いなどのために布類までも用意させてきて薫は与えたのだった。心細い形の生活であるが、こうして中納言が始終補助してくれるために、気楽に質素な暮らしが弁にできるのである。
 堪えがたいまでに吹き通す木枯《こがら》しに、残る枝もなく葉を落とした紅葉《もみじ》の、積もりに積もり、だれも踏んだ跡も見えない庭にながめ入って、帰って行く気の進まなく見える薫であった。よい形をした常磐木《ときわぎ》にまとった蔦《つた》の紅葉だけがまだ残った紅《あか》さであった。こだに[#「こだに」に傍点]の蔓《つる》などを少し引きちぎらせて中の君への贈り物にするらしく薫は従者に持たせた。

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やどり木と思ひ出《い》でずば木のもとの旅寝もいかに寂しからまし
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 と口ずさんでいるのを聞いて、弁が、

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荒れはつる朽ち木のもとを宿り木と思ひおきけるほどの悲しさ
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 という。あくまで老いた女らしい尼であるが、趣味を知らなくないことで悪い気持ちは中納言にしなかった。
 二条の院へ宿り木の紅葉を薫の贈ったのは、ちょうど宮が来ておいでになる時であった。
「三条の宮から」
 と言って使いが何心もなく持って来たのを、夫人はいつものとおり自分の困るようなことの書かれてある手紙が添っているのではないかと気にしていたが隠しうるものでもなかった。宮が、
「美しい蔦だね」
 と意味ありげにお言いになって、お手もとへ取り寄せて御覧になるのであったが、手紙には、
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このごろはどんな御様子でおられますか。山里へ行ってまいりまして、さらにまた峰の朝霧に悲しみを引き出される結果を見ました。そんな話はまたまいって申し上げましょう。あちらの寝殿を御堂に直すことを阿闍梨《あじゃり》に命じて来ました。お許しを得ましてから、他の場所へ移すことにも着手させましょう。弁の尼へあなたから御承諾になるならぬをお言いやりになってください。
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 こう書かれてあった。
「よくもしらじらしく書けた手紙だ。私がこちらにいると聞いていたのだろう」
 と宮はお言いになるのであった。少しはそうであったかもしれない。夫人は用事だけの言われてあったのをうれしく思ったのであるが、どこまでも疑ったものの言いようを宮があそばすのをうるさく思い、恨めしそうにしている顔が非常に美しくて、この人が犯せばどんな過失も許す気になるであろうと宮は見ておいでになった。
「返事をお書きなさい。私は見ないようにしているから」
 宮はわざとほかのほうへ向いておしまいになった。そうお言いになったからと言って、書かないでは怪しまれることであろうと夫人は思い、
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山里へおいでになりましたことはおうらやましいことと承りました。あちらは仰せのように御堂にいたすのがよろしいことと思っておりました。しかしまた私自身のために隠れ家として必要のあることを思い、荒廃はいたさせたくない願いもあったのですが、あなたのお計らいで両様の望みがかないますればありがたいことと存じます。
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 と返事を書いた。こんなふうの友情をかわすだけの二人であろうと思っておいでになりながらも、御自身のお心慣らいから秘密があるように察せられて、御不安がのけがたいのであろう。枯れ枯れになった庭の植え込みの中の薄《すすき》が何草よりも高く手を出して招いている形が美しく、また穂を持たないのも露を貫き玉を掛けた身をなびかせていることなどは平凡なことであるが夕風の吹いている草原は身にしむことが多いものである。

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穂にいでぬ物思ふらししのすすき招く袂《たもと》の露しげくして
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 柔らかになったお小袖《こそで》の上に直衣《のうし》だけをお被《き》になり、琵琶《びわ》を宮は弾《ひ》いておいでになった。黄鐘調《おうじきちょう》の掻《か》き合わせに美しい音を出しておいでになる時、夫人は好きな音楽であったから、恨めしいふうばかりはしておられず、小さい几帳《きちょう
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