も皆与えることができた。薫も宮に劣らず大事にかしずかれて育った人で、高い自尊心も持ち、一般の世の中から超越した貴族的な人格も持っているのであるが、宇治の八の宮の山荘へ伺うようになって以来、豊かでない家の生活の寂しさというものは想像以上のものであったと同情を覚え、その御一家だけへではなく、物質的に恵まれない人々をあまねく救うようになったのである。哀れな動機というべきである。
 薫はぜひとも中の君のために邪悪な恋は捨てて、清い同情者の地位にとどまろうとするのであるが、自身の心が思うにまかせず、常に恋しくばかり思われて苦しいために、手紙をもって以前よりもこまごまと書き、不用意に恋の心が出たふうに見せたような消息をよく送るようになったのを、中の君はわびしいことの添ってきた運命であると歎いていた。まったく知らぬ人であったならば、狂気の沙汰《さた》とたしなめ、そうした心を退けるのが容易なことであろうが、昔から特別な後援者と信頼してきて、今さら仲たがいをするのはかえって人目を引くことになろうと思い、さすがにまた薫の愛を憐《あわれ》む心だけはあるのであっても、誘惑に引かれて相手をしているもののようにとられてはならぬとはばかられて煩悶《はんもん》がされた。女房たちも夫人の気持ちのわかりそうな若い人らは皆新しく京へ移った前後から来てなじみが浅く、またなじみの深い人たちといっては昔から宇治にいた老いた女房らであったから、苦しいことも左右の者に洩《も》らすことができず、姉君を思い出さぬおりもなかった。姉君さえおいでになれば中納言も自分へ恋をするようなことにはむろんならなかったはずであると、大姫君の死が悲しく思われ、宮が二心をお持ちになり、恨めしいことも起こりそうに予想されることよりもこの中納言の恋を中の君は苦しいことに思った。
 薫はおさえきれぬものを心に覚えて、例のとおりにしんみりとした夕方に二条の院の中の君を訪《たず》ねて来た。すぐに縁側へ敷き物を出させて、
「身体《からだ》を悪くしております時で、お話を自身で伺えませんのが残念でございます」
 と中の君が取り次がせて来たのを聞くと、薫は恨めしさに涙さえ落ちそうになったのを人目につかぬようにしいて紛らして、
「御病気の時には、知らぬ僧でもお近くへまいるのですから、私も医師並みに御簾《みす》の中へお呼びいただいてもいいわけでしょう。こうした人づてのお言葉は私を失望させてしまいます」
 と言い、情けなさそうにしているのを、先夜の事情を知っている女房らが、
「仰せになりますとおり、お席があまり失礼でございます」
 と言い、中央の母屋《もや》の御簾を皆おろして、夜居の僧のはいる室へ薫を案内したのを、中の君は実際身体も苦しいのであったが、女房もこう言っているのに、あらわに拒絶するのもかえって人を怪しがらせる結果になるかもしれぬと思い、物憂《ものう》く思いながら少しいざって出て話すことにした。
 ごくほのかに時々ものを言う様子に、死んだ恋人の病気の初期のころのことが思われるのもよい兆候でないと薫は非常に悲しくなり、心が真暗《まっくら》になり、すぐにもものが言われず、ためらいながら、話を続けた。ずっと奥のほうに中の君のいるのも恨めしくて、御簾の下から几帳《きちょう》を少し押すような形にして、例のなれなれしげなふうを示すのが苦しく思われ、困ることに考えられて、中の君は少将の君という人をそばへ呼んで、
「私は胸が痛いからしばらくおさえて」
 と言っているのを聞いて、
「胸はおさえるとなお苦しくなるものですが」
 こう言って歎息《たんそく》を洩《も》らしながら薫のすわり直したことにさえ、母屋《もや》の中の夫人は不安が感ぜられた。
「どうしてそんなに始終お苦しいのでしょう。人に聞きますと、初めのうちは気持ちが悪くてもまた快く癒《なお》っている時もあると教えてくれました。あなたはそうお言いになって若々しく私を警戒なさるのでしょう」
 と薫の言うのを聞いて中の君は恥ずかしくなった。
「私は平生いつも胸が痛いのでございます。姉もそんなふうでございました。短命な人は皆こんなふうに煩うものだとか申します」
 と言った。だれも千年の松の命を持っているのでないから、あるいはそんな危険が近づいているのであるかもしれぬと思うと、薫には今の言葉が身に沁《し》んで哀れに思われてきて、夫人がそばへ呼んだ女房の聞くのもはばかる気にはならず、きわめて悪い所だけは口にせぬものの、昔からどんなに深く愛していたかということを、中の君にだけは意味の通じるようにして言い、人には友情とより聞こえぬ上手《じょうず》な話し方を薫がしているために、その人は、今までからだれもが言うとおりに珍しい人情味のある人であるとそばにいて思っていた。表はおおかた総角《あげまき》
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