な種類の女房が少なくはないのであるが、異性との交渉はそれほどにとどめて、出家の目的の達せられる時に、取り立ててこの人が心にかかると思われるような愛着の覚えられる人は作らないでおこうと深く思っていた自分であったにもかかわらず、今では死んだ恋人のゆかりの中の君に多く心の惹《ひ》かれている自分が認められる、人並みな恋でない恋に苦しむとは自分のことながらも残念であるなどという思いにとらわれていて、そのまま眠りえずに明かしてしまった暁、立つ霧を隔てて草花の姿のいろいろと美しく見える中にはかない朝顔の混じっているのが特に目にとまる気がした。人生の頼みなさにたとえられた花であるから身に沁《し》んで薫は見られたのであろう。宵《よい》のまま揚げ戸も上げたままにして縁の近い所でうたた寝のようにして横たわり朝になったのであったから、この花の咲いていくところもただ一人薫がながめていたのであった。侍を呼んで、
「北の院へ伺おうと思うから、簡単な車を出させるように」
 と命じてから装束を改めた。
 出かけるために庭へおりて、秋の花の中に混じって立った薫は、わざわざ艶《えん》なふうを見せようとするのではないが、不思議なまで艶で、高貴な品が備わり、気どった風流男などとは比べられぬ美しさがあった。朝顔を手もとへ引き寄せるとはなはだしく露がこぼれた。

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「今朝《けさ》のまの色にや愛《め》でん置く露の消えぬにかかる花と見る見る
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 はかない」
 などと独言《ひとりごと》をしながら薫は折って手にした。女郎花《おみなえし》には触れないで。
 明け放れるのにしたがって霧の濃くなった空の艶な気のする下を二条の院へ向かった薫は、宮のお留守《るす》の日はだれもゆるりと寝ていることであろう、格子や妻戸をたたいて案内を乞《こ》うのも物|馴《な》れぬ男に思われるであろう、あまり早朝に来すぎたと思いながら薫は従者を呼んで、中門のあいた口から中をのぞかせてみると、
「お格子が皆上がっているようでございます。そして女房たちの何かいたします気配《けはい》がいたします」
 と言う。下車して霧の中を美しく薫の歩いてはいって来るのを女房たちは知り、宮がお微《しの》び場所からお帰りになったのかと思っていたが、露に湿った空気が薫の持つ特殊のにおいを運んできたためにだれであるかを悟り、
「やはり特別な方ですね。ただあまりに澄んだふうでいらっしゃるのが物足らないだけね」
 とも若い女房はささやいていた。
 驚いたふうも現わさず、感じのよいほどにその人たちが衣擦《きぬず》れの音を立てて褥《しとね》を出したりする様子も品よく思われた。
「ここにすわってもよいとお許しくださいます点は名誉に思われますが、しかしこうした御簾《みす》の前の遠々しいおもてなしを受けることで悲観されて、たびたびは伺えないのです」
 と薫が言うと、
「それではどういたせばお気が済むのでございますか」
 女房はこう答えた。
「北側のお座敷というような、隠れた室が私などという古なじみのゆるりとさせていただくによい所です。しかしそれも奥様の思召しによることですから、不平は申し上げません」
 と言い、薫は縁側から一段高い長押《なげし》に上半身を寄せかけるようにして坐《ざ》しているのを見て、例の女房たちが、
「ほんの少しあちらへおいであそばせ」
 などと言い、夫人を促していた。
 もとから様子のおとなしい、男の荒さなどは持たぬ薫であるが、いよいよしんみり静かなふうになっていたから、中の君はこの人と対談することの恥ずかしく思われたことも、時がもはや薄らがせてなしやすく思うようになっていた。
「お身体《からだ》が悪いと伺っていますのはどんなふうの御病気ですか」
 などと薫は聞くが、夫人からはかばかしい返辞を得ることはできない。平生よりもめいったふうの見えるのに理由のあることを知っている薫は、それを哀れに見て、こまやかに世の中に処していく心の覚悟というようなものを、兄弟などがあって、教えもし慰めもするふうに言うのであった。声なども特によく似たものともその当時は思わなかったのであるが、怪しいほど薫には昔の人のとおりに聞こえる中の君の声であった。人目に見苦しくなければ、御簾《みす》も引き上げて差し向かいになって話したい、病気をしているという顔が見たい心のいっぱいになるのにも、人間は生きている間次から次へ物思いの続くものであるということはこれである、自分はまたこうした心の悶《もだ》えをしていかねばならぬ身になったと薫はみずから悟った。
「はなやかなこの世の存在ではなくとも、心に物思いをして歎きにわが身をもてあますような人にはならずに、一生を過ごしたいと願っていた私ですが、自身の心から悲しみも見ることになり、愚
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