が、以前よりも少し宮へ甘えた心になっていたために、宮はなお可憐に思召され、心を惹《ひ》かれておいでになったが、深く夫人にしみついている中納言のにおいは、薫香《くんこう》をたきしめたのには似ていず特異な香であるのを、においというものをよく研究しておいでになる宮であったから、それとお気づきになって、奇怪なこととして、何事かあったのかと夫人を糺《ただ》そうとされる。宮の疑っておいでになることと事実とはそうかけ離れたものでもなかったから、何ともお答えがしにくくて、苦しそうに沈黙しているのを御覧になる宮は、自分の想像することはありうべきことだ、よも無関心ではおられまいと始終自分は思っていたのであるとお胸が騒いだ。薫のにおいは中の君が下の単衣《ひとえ》なども昨夜のとは脱ぎ替えていたのであるが、その注意にもかかわらず全身に沁《し》んでいたのである。
「あなたの苦しんでいるところを見ると、進むところへまで進んだことだろう」
とお言いになり、追究されることで夫人は情けなく、身の置き所もない気がした。
「私の愛はどんなに深いかしれないのに、私が二人の妻を持つようになったからといって、自分も同じように自由に人を愛しようというようなことは身分のない者のすることですよ。そんなに私が長く帰って来ませんでしたか、そうでもないではありませんか。私の信じていたよりも愛情の淡《うす》いあなただった」
などとお責めになるのである。愛する心からこうも思われるのであるというふうにお訊《き》きになっても、ものを言わずにいる中の君に嫉妬《しっと》をあそばして、
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またびとになれける袖《そで》の移り香をわが身にしめて恨みつるかな
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とお言いになった。夫人は身に覚えのない罪をきせておいでになる宮に弁明もする気にならずに、
「あなたの誤解していらっしゃることについて何と申し上げていいかわかりません。
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見なれぬる中の衣と頼みしをかばかりにてやかけ離れなん」
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と言って泣いていた。その様子の限りなく可憐《かれん》であるのを宮は御覧になっても、こんな魅力が中納言を惹《ひ》きつけたのであろうとお思いになり、いっそうねたましくおなりになり、御自身もほろほろと涙をおこぼしになったというのは女性的なことである。どんな過失が
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