受け取らせになった。できるならば朗らかにしていま一人の妻のあることを認めさせてしまおうと思召して、手紙をおあけになると、それは継母《ままはは》の宮のお手になったものらしかったから、少し安心をあそばして、そのままそこへお置きになった。他の人の書いたものにもせよ、宮としてはお気のひけることであったに違いない。
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私などが出すぎたお返事をいたしますことは、失礼だと思いまして、書きますことを勧めるのですが、悩ましそうにばかりいたしておりますから、
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をみなへし萎《しを》れぞ見ゆる朝露のいかに置きける名残《なごり》なるらん
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貴女《きじょ》らしく美しく書かれてあった。
「恨みがましいことを言われるのも迷惑だ。ほんとうは私はまだ当分気楽にあなたとだけ暮らして行きたかったのだけれど」
などと宮は言っておいでになったが、一夫一婦であるのを原則とし正当とも見られている普通の人の間にあっては、良人《おっと》が新しい結婚をした場合に、その前からの妻をだれも憐《あわれ》むことになっているが、高い貴族をその道徳で縛ろうとはだれもしない。いずれはそうなるべきであったのである。宮たちと申し上げる中でも、輝く未来を約されておいでになるような兵部卿《ひょうぶきょう》の宮であったから、幾人でも妻はお持ちになっていいのであると世間は見ているから、格別二条の院の夫人が気の毒であるとも思わぬらしい。こんなふうに夫人としての待遇を受けて、深く愛されている中の君を幸福な人であるとさえ言っているのである。
中の君自身もあまりに水も洩《も》らさぬ夫婦生活に慣らされてきて、にわかに軽く扱われることが歎かわしいのであろうと見えた。こんなに二人と一人というような関係になった場合は、どうして女はそんなに苦悶《くもん》をするのであろうと昔の小説を読んでも思い、他人のことでも腑《ふ》に落ちぬ気がしたのであるが、わが身の上になれば心の痛いものである、苦しいものであると、今になって中の君は知るようになった。宮は前よりもいっそう親しい良人ぶりをお見せになって、
「何も食べぬということは非常によろしくない」
などとお言いになり、良製の菓子をお取り寄せになりまた特に命じて調製をさせたりもあそばして夫人へお勧めになるのであったが、中の君の指はそれに触れることの
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