とも知らず、いつもの薫の領地の支配者らが機嫌《きげん》伺いに来て重詰めや料理を届けたのを、東国の一行の従者などにも出すことにし、いろいろと上手《じょうず》に計らっておいてから、姿を改めて隣室へ現われて来た。先刻ほめられていたとおりに身ぎれいにしていて、顔も気品があってよかった。
「昨日お着きになるかとお待ちしていたのですが、どうなすって今日もこんなにお着きがおそくなったのでしょう」
こんなことを弁の尼が言うと、老いたほうの女が、
「お苦しい御様子ばかりが見えますものですから、昨日は泉河のそばで泊まることにしまして、今朝《けさ》も御無理なように見えましたから、そこをゆるりと立つことにしたものですから」
姫君を呼び起こしたために、その時やっとその人は起きてすわった。尼君に恥じて身体《からだ》をそばめている側面の顔が薫の所からよく見える。上品な眸《め》つき、髪のぐあいが大姫君の顔も細かによくは見なかった薫であったが、これを見るにつけてただこのとおりであったと思い出され、例のように涙がこぼれた。弁の尼が何か言うことに返辞をする声はほのかではあるが中の君にもまたよく似ていた。心の惹《ひ》かれる人である、こんなに姉たちに似た人の存在を今まで自分は知らずにいたとは迂闊《うかつ》なことであった。これよりも低い身分の人であっても恋しい面影をこんなにまで備えた人であれば自分は愛を感ぜずにはおられない気がするのに、ましてこれは認められなかったというだけで八の宮の御娘ではないかと思ってみると、限りもなくなつかしさうれしさがわいてきた。今すぐにも隣室へはいって行き、「あなたは生きていたではありませんか」と言い、自身の心を慰めたい、蓬莱《ほうらい》へ使いをやってただ証《しるし》の簪《かんざし》だけ得た帝は飽き足らなかったであろう、これは同じ人ではないが、自分の悲しみでうつろになった心をいくぶん補わせることにはなるであろうと薫が思ったというのは宿縁があったものであろう。
尼君はしばらく話していただけであちらへ行ってしまった。女房らの不思議がっていたかおりを自身も嗅《か》いで、薫ののぞいていることを悟ったためによけいなことは何も言わなかったものらしい。
日も暮れていったので、薫も静かに座へもどり、上着を被《き》たりなどして、いつも尼君と話す襖子《からかみ》の口へその人を呼んで姫君のことなど
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