からね、そうした人と同じ気持ちになって、時々は私の所へも来てください」
 などと女王はなつかしいふうに話していた。大姫君の使っていて、なお用に立つような手道具類は皆この人へのこしておくことに中の君はした。
「だれよりも深くお姉様を悲しんでいてくれるあなたを見ると、深い縁が前生からあったのではなかろうかと、こんなことも思われて特別なものにあなたが見えます」
 こんなことを言われて、いよいよ弁の尼は子供が母を恋しがって泣くように泣く。自身の気持ちをおさえる力も今はないように見えた。
 山荘の中はきれいに片づき、荷物はできて、中の君の乗用車、その他の車が廊に寄せられた。前駆を勤める人の中に四位や五位が多かった。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮御自身でも非常に迎えにおいでになりたかったのであるが、たいそうになってはかえって悪いであろうと、微行の形で新婦をお迎えになることを計らわれたのであって、心配には思召《おぼしめ》された。源中納言のほうからも前駆を多人数よこしてあった。だいたいのことだけは兵部卿の宮が手落ちなくお計りになったのであるが、こまごまとした入り用の物、費用などは皆|薫《かおる》が贈ったのであった。
 出立が早くできないでは日が暮れると女房らも言い、迎えの人たちも促すために、中の君はあわただしくて、今から行く所がどんな所かと思うことで不安な落ち着かぬ悲しい気持ちを抱きながら車上の人になった。大輔《たゆう》という女房が、

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ありふればうれしき瀬にも逢《あ》ひけるを身を宇治川に投げてましかば
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 と言って、笑顔《えがお》をしているのを見ては、弁の尼の心境とはあまりにも相違したものであると中の君はうとましく思った。もう一人の女房、

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過ぎにしが恋しきことも忘れねど今日はた先《ま》づも行く心かな
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 この二人はどちらも長くいた年寄りの女房で、皆大姫君付きになるのを希望した者であったが、利己的に主人を変えて、今日は縁起のよいことより言ってはならぬと言葉を慎んでいるのもいやな世の中であると思う中の君はものも言われなかった。道の長くてけわしい山路であるのをはじめて知り、恨めしくばかり思った宮の通い路の途絶えも無理のない点もあるように思うことができた。白く出た七日の月の霞《かす》んだのを見て、遠い路《みち》に馴《な》れぬ女王《にょおう》は苦しさに歎息《たんそく》しながら、

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ながむれば山より出《い》でて行く月も世に住みわびて山にこそ入れ
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 と口ずさまれるのであった。変わった境遇へこうして移って行ってそのあとはどうなるであろうとばかり危《あや》ぶまれる思いに比べてみれば、今までのことは煩悶《はんもん》の数のうちでもなかったように思われ、昨日《きのう》の世に帰りたくも思われた。
 十時少し過ぎごろに二条の院へ着いた。まぶしい見も知らぬ宮殿の幾つともなく棟《むね》の別れた中門の中へ車は引き入れられ、そのころもう時を計って宮は待っておいでになったのであったから、車の所へ御自身でお寄りになり、夫人をお抱きおろしになった。夫人の居間の装飾の輝くばかりであったことは言うまでもないが、女房の部屋部屋にまで宮の御注意の行き届いた跡が見え、理想的な新婦の住居《すまい》が中の君を待っていたのである。
 宮がどの程度に愛しておいでになるのか、妾《しょう》としてか、情人としての御待遇があるかと世間で見ていた八の宮の姫君はこうしてにわかに兵部卿親王の夫人に定まってしまったのを見て、深くお愛しになっているに違いないと世間も中の君をりっぱな女性として認め、かつ驚いた。
 源中納言はこの二十日ごろに三条の宮へ移ることにしたいと思い、このごろは毎日そこへ来ていろいろな指図《さしず》をしていたのであるが、二条の院に近接した所であったから、中の君の着く夜の気配《けはい》をよそながら知りたく思い、その日は夜がふけるまで、まだ人の住まぬ新築したばかりの家にとどまっているうちに、迎えに出した前駆の人たちが帰って来て、いろいろ報告した。兵部卿の宮が御満足なふうで新婦を御大切にお扱いになる御様子であるということを聞く薫は、うれしい気のする一方ではさすがに、自身の心からではあったが得べき人を他へ行かせてしまったことの後悔が苦しいほど胸につのってきて、取り返し得ることはできぬものであろうかと、こんなうめきに似た独言《ひとりごと》も口から出た。

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しなてるやにほの湖に漕《こ》ぐ船の真帆《まほ》ならねども相見しものを
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 とあの夜のことでちょっと悪く言ってみたい気もした。
 左大臣は六の君を兵部卿の宮に
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