《かすみ》のころもたちしまに花の紐《ひも》とく折《をり》も来にけり
[#ここで字下げ終わり]

 添えられたこの歌のように、春の花のいろいろに似た衣服も贈られたのであった。京へ移って行った日に入り用な纏頭《てんとう》に使う品、それらもあまり大形《おおぎょう》には見せずこまごまと気をつけてそろえて届けられたのである。何かのおりには親身な志を見せる薫を喜んで、女房たちは、
「こんなにまでは御兄弟だってなさるものではございませんよ」
 などと中の君に教えるのであった。こうした老いた女の心には物質的の補助ほどありがたいものはないと深く思われるので、自然これを女王《にょおう》に知らせようと努めるのである。若い女房たちは時々来る薫に親しみを持っていて、
「いよいよ姫君がほかの方の所へ行っておしまいになっては、どんなにあの方様が恋しく思召《おぼしめ》すことでしょう」
 と同情していた。
 薫《かおる》自身は山荘の人の京へ立つのが明日という日の早朝に訪《たず》ねて来た。例の客室にはいっていて、月日が自然に恋人と自分を近づけていき、妻とした大姫君を、今度の中の君のようにして京へ迎えることを、自分のほうが先に期していたのであったと思い、大姫君の生きていたころの様子、話した心を思い出して、絶対に自分を避けようとはせず、もってのほかなどと自分をとがめるようなことはなかったのに、自分の気弱さからついに友情以上のものをあの人にいだかせずに終わったと考えると、胸が痛くさえなるほどに残念であった。父宮の喪中にここから仏間にいるのをのぞいて見た北の襖子《からかみ》の穴も恋しく思い出されて、寄って行って見たが、中の室《へや》は戸が皆おろしてあって暗いために何も見えない。女房も薫の来たことによって昔を思い出して泣いていた。中の君はましてとめどもなく流れる涙のために茫《ぼう》となって横たわっていた。
「伺うことのできませんでした間に、何をどうしたということはありませんが、絶えぬ思いの続きました一端でもお話をいたして心の慰めにさせていただきたいと思います。例のように他人らしくお扱いにならないでください。いよいよ今と昔の相違を深く覚えることになって悲しいでしょうから」
 と薫から中の君へ取り次がせてきた。
「失礼だとは思われたくはないけれど、私は今気分も普通でなくて、何だか苦しいのだから、いっそうそんなことで
前へ 次へ
全13ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング