乱れていた。

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山姫の染むる心はわかねども移らふかたや深きなるらん
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 事実に触れるでもなく書かれてある総角《あげまき》の姫君の字の美しさに、やはり自分はこの人を忘れ果てることはできないであろうと薫は思った。自分の半身のような妹であるからと中の君を薦《すす》めるふうはたびたび見せられたのであるのに、自分がそれに従わないために謀《はか》ったものに違いない、その苦心をむだにした今になって、ただ恨めしさから冷淡を装っていれば初めからの願いはいよいよ実現難になるであろう、中に今まで立たせておいた老女にさえ、自分の愛の深さを見失わせることになり、浮いた恋だったとされてしまうのが残念である。何にもせよ一人の人にこれほどまでも心の惹《ひ》かれることになった初めがくやしい、ただはかないこの世を捨ててしまいたいと願っている精神にも矛盾する身になっているではないかと自分でさえ恥ずかしく思われることである、いわんや世間の浮気《うわき》者のように、その恋人の妹にまた恋をし始めるということはできないことであると薫《かおる》は思い明かした。
 次の朝の有明《ありあけ》月夜に薫は兵部卿《ひょうぶきょう》の宮の御殿へまいった。三条の宮が火事で焼けてから母宮とともに薫は仮に六条院へ来て住んでいるのであったから、同じ院内にもおいでになる兵部卿の宮の所へは始終伺うのである。宮もこの人が近く来て住み、朝夕に往来のできることで満足をしておいでになった。整然としたお住居《すまい》は前庭の草木のなびく姿も、咲く花も他の所と異なり、流れに影を置く月も絵のように見えた。薫が想像したとおりに宮はもう起きておいでになった。風が運んでくるにおいにこの特殊な人をお感じになって、お驚きになった宮は、すぐに直衣《のうし》を召し、姿を正して縁へ出ておいでになった。階《きざはし》を上がりきらぬ所に薫がすわると、宮はもっと上にともお言いにならず、御自身も欄干《おばしま》によりかかって話をおかわしになるのであった。世間話のうちに宇治のこともお言いだしになり、薫の仲介者としての熱意のなさをお恨みになったが、無理である、自分の恋をさえ遂げえないものをと薫は思っている。宇治へ行って恋人に逢いたいというふうの宮にお見えになるのを知り、平生よりもくわしく山荘の事情、妹の女王のことなどを薫はお話し
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