愛嬌《ぶあいきょう》な表情でこう言いもする。
「魔ですって、まあいやな、そんなものにどうして憑かれておいでになるものですか。ただあまりに人間離れのした環境に置かれておいでになりましたから、夫婦の道というようなことも上手《じょうず》に説明してあげる人もないし、殿方が近づいておいでになるとむしょうに恐ろしくおなりになるのですよ。そのうち馴《な》れておしまいになれば、お愛しになることもできますよ」
 こんなことを言う者もあってしまいには皆いい気になり、どうか都合よくいけばいいと言い言いだれも寝入ってしまった。鼾《いびき》までもかきだした不行儀な女もあった。恋人のために秋の夜さえも早く明ける気がしたと故人の歌ったような間柄になっている女性といたわけではないが、夜はあっけなく明けた気がして、薫《かおる》は女王《にょおう》のいずれもが劣らぬ妍麗《けんれい》さの備わったその一人と平淡な話ばかりしたままで別れて行くのを飽き足らぬここちもしたのであった。
「あなたも私を愛してください。冷酷な女王さんをお見習いになってはいけませんよ」
 など、またまた機会のあろうことを暗示して出て行った。自分のことでありながら限りない淡泊な行動をとったと、夢のような気も薫はするのであるが、それでもなお無情な人の真の心持ちをもう一度見きわめた上で、次の問題に移るべきであると、不満足な心をなだめながら帰って来た例の客室で横たわっていた。
 弁が帳台の所へ来て、
「お見えになりませんが、中姫君はどちらにおいでになるのでございましょう」
 と言うのを聞いて、突然なことの身辺に起こって、昨夜の幾時間かを親兄弟でもない男と共にいたという羞恥《しゅうち》心から、中の君は黙ってはいたが、どんな事情があの始末をもたらしたのであろうと考えるのであった。昨日語られたことを思い出してみると中の君の恨めしく思われるのは姉君であった。今一人の壁の中の蟋蟀《こおろぎ》は暁の光に誘われて出て来た。中の君がどう思っているだろうと気の毒で互いにものが言われない。ひどい仕向けである。今からのちもまたどんなことがしいられるかもしれぬ、姉をさえ信じることのできぬのがこの世であるかと中姫君は思いもだえていた。
 弁は客室へ行って薫から、姫君が冷酷にも閨《ねや》へ身代わりを置いて隠れてしまった話をされ、そんなだれも同情を惜しむほどな強い拒みようを
前へ 次へ
全63ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング