た。それを聞いた中の君は薫の思うことも恥ずかしくて、いよいよ宮のお話にお答えを申し上げる気になれなくなった。
「あなたはどうしてこんなに気が強いのでしょう。前にあんなに私の心持ちも、周囲の事情もお話ししておいたではありませんか。それを皆お忘れになったのですか」
 とお言いになり、宮は一日をお歎き暮らしになった。夜になるといっそう天気が悪くなり、ますます吹きつのる風の音を聞きながら、寂しい旅寝の床に歎き続けておいでになるのもさすがにおいたましく思われて、女王はまた物越しでお話を聞くことにした。無数の神を証《あかし》に立てて、今からの変わりない愛をお語りになるのを、女王は、どうしてこんなに女へお言いになることに馴《な》れておいでになるのであろうといやな気もするのであるが、遠く離れていてうとましく思うのとは違って、すぐれた御容姿の方が、自分のために悲しんでおいでになるのを見ては、心も動かずにはいないのであった。ただ聞くばかりであったが、

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きしかたを思ひいづるもはかなきを行く末かけて何頼むらん
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 と、はじめてほのかな声で言った。なお飽き足らず思召す宮であった。

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「行く末を短きものと思ひなば目の前にだにそむかざらなん
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 すべてはかない人生にいて、人をお憎みになるような罪はお作りにならないがいいでしょう」
 ともお言いになり、いろいろとおなだめになったが、
「私は気分もよろしくないのでございますから」
 中の君はこう言って奥へはいってしまった。人目も恥ずかしいように思召し、そのまま歎息を続けて宮は夜をお明かしになった。女の恨むのも道理なほどの途絶えを作ったのは自分であるが、あまりに無情な扱い方であると恨めしい涙の落ちてきた時に、ましてそのころの彼女はどれほどに煩悶《はんもん》して涙の寒さを感じたことであろうと、お思われになって、これが過去をお顧みさせることになった。
 中納言が主人がたの座敷に住んでいて、どの女房をも気安いふうに呼び使い、みずから指図《さしず》をしながら宮へ朝餐《ちょうさん》を差し上げたりさせるのを御覧になって、恋人を失ったあとのこの人の生活を気の毒にもお思いになり、趣のあることとも御覧になった。顔色もひどく青白くなり、痩《や》せてぼんやりとしたところも見
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