少しも見えないあなたに、よくわかっていただこうと思うからです。奇怪であるとは、私が無礼なことでもするとお思いになるのではありませんか。仏のお前でどんな誓言でも私は立てます。決してあなたのお気持ちを破るような行為には出まいと初めから私は思っているのですから、お恐れになることはありませんよ。私がこんなに正直におとなしくしておそばにいることはだれも想像しないことでしょうが、私はこれだけで満足して夜を明かします」
 こう言って、薫は感じのいいほどな灯《ひ》のあかりで姫君のこぼれかかった黒髪を手で払ってやりながら見た顔は、想像していたように艶麗《えんれい》であった。何の厳重な締まりもないこの山荘へ、自分のような自己を抑制する意志のない男が闖入《ちんにゅう》したとすれば、このままで置くはずもなく、たやすくそうした人の妻にこの人はなり終わるところであった、どうして今までそれを不安とせずに結婚を急ごうとはしなかったかとみずからを批難する気にもなっている薫であったが、言いようもなく情けながって泣いている女王が可憐《かれん》で、これ以上の何の行為もできない。こんなふうの接近のしかたでなく、自然に許される日もあるであろうとのちの日を思い、男性の力で恋を得ようとはせず、初めの心は隠して相手を上手《じょうず》になだめていた。
「こんな心を突然お起こしになる方とも知らず、並みに過ぎて親しく今までおつきあいをしておりました。喪の姿などをあらわに御覧になろうとなさいましたあなたのお心の思いやりなさもわかりましたし、また私の抵抗の役だたなさも思われまして悲しくてなりません」
 と恨みを言って、姫君は他人に見られる用意の何一つなかった自身の喪服姿を灯影《ほかげ》で見られるのが非常にきまり悪く思うふうで泣いていた。
「そんなにもお悲しみになるのは、私がお気に入らないからだと恥じられて、なんともお慰めのいたしようがありません。喪服を召していらっしゃる場合ということで私をお叱《しか》りなさいますのはごもっともですが、私があなたをお慕い申し上げるようになりましてからの年月の長さを思っていただけば、今始めたことのように、それにかかわっていなくともよいわけでなかろうかと思います。あなたが私の近づくのを拒否される理由としてお言いになったことは、かえって私の長い間持ち続けてきた熱情を回顧させる結果しか見せませんよ」

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