た男の文《ふみ》というものであろうとは思いながらも、そうした尊貴な風流男につきあうことも、今の自分らに相応せぬことであるから、感情を傷つけることがあっても、世外の人のようにして超然としていようと姫君たちは思っていた。薫《かおる》からの手紙だけはあちらからもまじめに親切なことを多く書かれてくるのであったから、こちらからも冷淡なふうは見せず常に返事が出された。
 忌中が過ぎてから薫が訪《たず》ねて来た。東の縁に沿った座敷を、父宮の服喪のために一段低くした所にこのごろはいる姫君たちの所へ来て、まず老いた弁を薫は呼び出した。悲しみに暗い日を送っている女王《にょおう》らに近く、まばゆい感じのするほどの芳香を放つ人が来たのであったから、きまり悪く姫君たちは思って、言いかけられることにも返辞ができないでいると、
「こんなふうな隔てがましい扱いはなさらないで、昔の宮様が私を御待遇くださいましたように心安くさせていただけばお見舞いにまいりがいもあるというものです。柔らかいふうに気どった若い人たちのするようなことは経験しないものですから、お取り次ぎを中にしてでは言葉も次々に出てまいりません」
 と薫は言った。
「どうしてそれで生きていたかと思われるような私たちで、生きてはおりましてもまだ悲しい夢に彷徨《ほうこう》しているばかりでございます。知らず知らず空の光を見るようになりますことも遠慮がされまして、外に近い所までは出られないのでございます」
 という姫君の挨拶《あいさつ》が伝えられてきた。
「それを申せば限りもない御孝心を持たれますこととは深く存じております。日月の光のもとへ晴れ晴れしく御自身からお出ましになることこそはばかりがおありになるでしょうが、私としましてはまた宮様をお失いいたしましての悲しみをほかのだれに告げようもないことですし、あなた様がたのお歎きの慰みにもなることも申し上げたいものですから、しいて近くへお出ましを願っているわけです」
 こう薫が言うと、それを取り次いだ女房が、
「あちらで仰せになりますとおりに、お悲しみにお沈みあそばすのをお慰めになりたいと思召す御好意をおくみになりませんでは」
 などと言葉を添えて姫君を動かそうとする。ああは言いながらも大姫君の心にもようやく悲しみの静まって来たこのごろになって、宮の御葬送以来薫の尽くしてくれたいろいろな親切がわかっているのであるから、亡《な》き父宮への厚情からこんな辺鄙《へんぴ》な土地へまで遺族を訪《たず》ねてくれる志はうれしく思われて、少しいざって出た。薫は大姫君に持っている愛を語り、また宮が最後に御委託の言葉のあったのなどをこまごまとなつかしい調子で語っていて、荒く強いふうなどはない人であるからうとましい気などはしないのであるが、親兄弟でない人にこうして声を聞かせ、力にしてたよるように思われるふうになるのも、父君の御在世の時にはせずとよいことであったと思うと、大姫君はさすがに苦しい気がして恥ずかしく思われるのであったが、ほのかに一言くらいの返辞を時々する様子にも、悲しみに茫然《ぼうぜん》となっているらしいことが思われるのに薫は同情していた。御簾《みす》の向こうの黒い几帳《きちょう》の透《す》き影が悲しく、その人の姿はまして寂しい喪の色に包まれていることであろうと思い、あの隙見《すきみ》をした夜明けのことと思い比べられた。

[#ここから2字下げ]
色変はる浅茅《あさぢ》を見ても墨染めにやつるる袖《そで》を思ひこそやれ
[#ここで字下げ終わり]

 これを独言《ひとりごと》のように言う薫であった。

[#ここから2字下げ]
色変はる袖をば露の宿りにてわが身ぞさらに置き所なき
[#ここで字下げ終わり]

 はずるる糸は(侘《わ》び人の涙の玉の緒とぞなりぬる)とだけ、あとの声は消えたまま非常に悲しくなったふうで奥へはいったことが感じられた。それをひきとめて話し続けうるほどの親しみは見せがたい薫は、身にしむ思いばかりをしていた。老いた弁が極端に変わった代理役に出て来て、古い昔のこと、最近に昔となった宮のことを混ぜていずれも悲しい思いを薫に与える話ばかりをした。自身にかかわる夢のような古い秘密に携わった女であったから、醜く衰えた女と毛ぎらいもせず薫は親しく向き合っているのであった。
「私は幼年時代に院とお別れした不幸な者で、悲しいものは人生だとその当時から身にしみ渡るほど思い続けているのですから、大人《おとな》になっていくにしたがって進んでいく官位や、世間から望みをかけられていることなどはうれしいこととも思われないのです。私の願うのはこうした静かな場所に閑居のできることでしたから、八の宮の御生活がしっくり私の理想に合ったように思って近づきたてまつったのですが、こんなふうに悲しく一生をお
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング