のものですが、それがまた人を動かす力は少なくないのですね。だから女は罪が深いとされているのでしょう。親として子の案ぜられる点でも、男の子はさまで親を懊悩《おうのう》させはしないだろうが、女はどうせ女で、親が何と思っても宿命に従わせるほかはないのでしょうが、それでも愍然《ふびん》に思われて、親のためには大きな羈絆《きはん》になりますよ」
と抽象論としてお言いになる言葉を聞いてもお道理至極である、どんなに女王《にょおう》がたを御心配になっておられるかということが薫にわかるのであった。
「あなた様のお教えのとおりに、私も苦しい羈絆を持つまいと決心してまいりましたせいですか、自身にはそうした苦しい親心というものを経験いたしませんが、ただ一つ私には音楽という愛着の覚えられるものがございまして、それによって遁世《とんせい》もできずにおります。賢明な迦葉《かしょう》もやはりそんな心があって舞をしたりしたものでしょうか」
などと言って、いつぞや少し聞いた琴と琵琶の調べを今一度聞きたいと熱心に宮へお願いする薫であった。
家族と薫を親しくさせる第一歩にそれをさせようと思召すのか、宮は御自身で女王たちの室《へや》へお行きになって、ぜひにと弾奏をお勧めになった。十三|絃《げん》の琴がほのかにかき鳴らされてやんだ。人けの少ない宮の内に、身にしむ初秋の夜のわざとらしからぬ琴の音のするのは感じのよいものであったが、女王たちにすれば、よい気になって合奏などはできぬと思うのが道理だと思われた。
「こんなにして御交際する初めを作ったのですから、若い子らにしばらく客人をまかせておくことにしよう」
それから宮は仏間へおはいりになるのだったが、
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「われなくて草の庵《いほり》は荒れぬともこの一ことは枯れじとぞ思ふ
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こうしてお話のできるのもこれが最終になるような心細い感情を私はおさえることができずに、親心のたあいないこともたくさん言ったでしょう。すまないことです」
と言ってお泣きになった。薫は、
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「いかならん世にか枯れせん長き世の契り結べる草の庵は
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御所の相撲《すもう》などということも済みまして、時間のできますのを待ちましてまた伺いましょう」
などと言っていた。別室で薫はあの昔語りを聞かせてくれた老女を呼び出して、悲しくもなつかしくも思われる話の続きをさせて聞いた。落ちようとする月は明るく座敷の中を照らして、薫の透《す》き影は艶《えん》に御簾《みす》のあちらから見えた。
隣の室《へや》には奥へ寄って女王たちがすわっていた。普通の求婚者の言葉ではなく、優雅な話題をこしらえてその人たちにも薫は話していたが、言うべき時には姫君も返辞をした。兵部卿の宮が非常に興味を持っておいでになる女性たちであるということを思って、自分ながらもこんなに接近していながら一歩を進めようとすることをしないのは、これを普通の男と違った点とすべきである。自然に自分への愛を相手が覚えてくれるのを急ぐこととも思われないと考えているのが薫の本心であった。しかも恋愛の成立を希望していないわけではないのである。こうした交際でおりふしの風物について書きかわす相手としては満足を与える女性であったから、宿縁のために他と結婚するようなことが女王にあっては遺憾を覚えるであろう、自分の存在している以上は断じてそれはさせたくないというふうに思っていた。まだ夜の明けきらぬ時刻に薫は帰って行った。
心細い御様子でみずから余命の少ないふうに観じておいでになった八の宮の御事が始終心にかかって、忙しい時が過ぎたならまた宇治をお訪《たず》ねしようと薫は考えていた。兵部卿の宮も秋季のうちに紅葉見《もみじみ》として行きたいと思召してよい機会をうかがっておいでになった。お手紙はしばしば行く。女のほうでは真心からの恋とは認めていないのであるから、うるさがるふうは見せずに、微温的に扱った返事だけは時々出していた。
秋がふけてゆくにしたがって八の宮は健康でなくおなりになって、いつもおいでになる山の寺へ行って、念仏だけでも専念にしたいと思召しになり、女王たちにも現在の感想と、知りがたい明日についての注意などをお話しになるのであった。
「人生のそれが常で、皆死んで行かねばならないのだが、その際にも家族の上のことで、何か安心が見いだせれば、それを慰めにして悲しみに勝つこともできるものらしいが、私の場合は、このあとをだれが引き受けて行ってくれるという人もないあなたがたを残して行くのだから非常に悲しい。けれどもこんなことに妨げられて純一な信仰を得ることができなくなれば、すべてがだめなことになって、永久の闇《やみ》に迷っていなければなら
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