御簾の前にしか座が頂戴《ちょうだい》できないのでしょうか。あさはかな心だけでは決して訪《たず》ねてまいれるものでないと、何里の夜路《よみち》をまいって自身でも認めうるのですから、御待遇を改めていただきたいものですね。たびたびこうしてこちらへ上がっております誠意だけはわかっていただいているものと頼もしくは思っております」
まじめに薫はこう言った。若い女房にはこの応対にあたりうる者もなく、皆きまり悪く上気している者ばかりであったから、部屋《へや》へ下がって寝ているある一人を、起こしにやっている間の不体裁が苦しくて、大姫君は、
「何もわからぬ者ばかりがいるのですから、わかった顔をいたしましてお返辞を申し上げることなどはできないのでございます」
と、品のよい、消えるような声で言った。
「人生の憂《う》さがわかりながら私の知らず顔をしていますのも、世の中のならわしに従っているだけなのです。宮様はすでに私の気持ちをお知りになっておられますのに、あなた様だけが俗世界の一人としか私をお認めくださらないのは残念です。世間を超越された宮様のこの御生活の中においでになりますあなた様がたのお心の境地は澄みきったものでしょうから、こうした男の志の深さ浅さも御明察くだすったらうれしいことだろうと私は思います。世間並みの一時的な感情で御交際を求める男と同じように私を御覧になるのではありませんか。私がどんな誘惑にも打ち勝って来ている男であることは、すでに今までにお耳へはいっていることかとも思われます。独身生活を続けております私が求める友情をお許しくだすって、私もまた寂しいあなた様のお心を慰める友になりえて親密なおつきあいができましたらどんなにうれしいかと思われます」
などと薫の多く言うのに対して、大姫君は返辞がしにくくなって困っているところへ、起こしにやった老女が来たために、応答をそれに譲った。その女は出すぎた物言いをするのであった。
「まあもったいない、失礼なお席でございますこと。なぜ御簾《みす》の中へお席を設けませんでしたでしょう。若い人たちというものは人様の見分けができませんでねえ」
などと老人らしい声で言っていることにも女王たちはきまり悪さを覚えていた。
「この世においでになる人の数にもおあたりになりませんようなお暮らしをあそばして、当然おいでにならなければならない方でさえも段々遠々しくばかりなっておしまいになりますのに、あなた様の御好意のかたじけなさは、私ども風情《ふぜい》のつまらぬ者さえも驚きの目をみはるばかりでございます。でございますから、お若い女王様がたも常に感激はしておいでになりながらも、そのとおりにお話しあそばすことはおできにならないのでございましょう」
控えめにせず物なれたふうに言い続けることに反感は起こりながらも、この人の田舎《いなか》風でなく上流の女房生活をしたらしい品のよい声《こわ》づかいに薫は感心して、
「取りつきようもない皆さんばかりでしたのに、あなたが出て来てくださいまして、私の誠心誠意をくんでいてくださる方を得ましたことは、私の大きい幸福です」
こう御簾に身を寄せて言っている薫を、几帳《きちょう》の間からのぞいて見ると、曙《あけぼの》の光でようやく物の色がわかる時間であったから、簡単な服装をわざわざして来たらしい狩衣《かりぎぬ》姿の、夜露に濡《ぬ》れたのもわかったし、またこの世界のものでないような芳香もそこには漂っていることにも気づかれた。この老女はどうしたのか泣きだした。
「あまり出すぎたことをしてお気持ちを悪くしましてはと存じまして、私は自分をおさえておりましたが、悲しい昔の話をどうかして機会を作りまして、少しでもお話しさせていただき、あなた様の御承知あそばさなかったことを、お知らせもしたいということを私は長い間仏様の念誦《ねんず》をいたしますにも混ぜて願っておりましたその効験で、こうしたおりが得られたのでしょうが、お話よりも先に涙におぼれてしまいまして、申し上げることができません」
身体《からだ》を慄《ふる》わせて言う老女の様子に真剣味が見えて、老人はだれもよく泣くものであると知っている薫《かおる》であったが、こんなにまで悲しがるのが不思議に思われて、
「この御山荘へ伺うことになりましてからずいぶん年月はたちますが、こちらのほうにも一人もおなじみがなくて寂しくばかり思われていたのです。昔のことを知っておいでになるというあなたにお逢《あ》いすることができて、私はにわかに心強くなったのですから、この機会に何でもお話しください」
と言った。
「ほんとうにこんなよいおりはございません。またあるといたしましても、私は老人でございますから、それまでにどうなるかもしれたものではありませんので、ただこうした老女がいる
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