ずしにならずに、古くなった直衣《のうし》を上に着ておいでになる御様子も貴人らしかった。大姫君が硯《すずり》を静かに自身のほうへ引き寄せて、手習いのように硯石の上へ字を書いているのを、宮は御覧になって、
「これにお書きなさい。硯へ字を書くものでありませんよ」
と、紙をお渡しになると、女王は恥ずかしそうに書く。
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いかでかく巣立ちけるぞと思ふにもうき水鳥の契りをぞ知る
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よい歌ではないがその時は身に沁《し》んで思われた。未来のあるいい字ではあるがまだよく続けては書けないのである。
「若君もお書きなさい」
とお言いになると、これはもう少し幼い字で、長くかかって書いた。
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泣く泣くも羽うち被《き》する君なくばわれぞ巣|守《も》りになるべかりける
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もう着ふるした衣服を着ていて、この場に女房たちの侍しているのもない、可憐《かれん》な美しい姉妹《きょうだい》を寂しい家の中に御覧になる父宮が心苦しく思召さないわけもない。経巻を片手にお持ちになって御覧になり、宮は琴に合わせて歌をうたっておいでになった。
大姫君には琵琶《びわ》、中姫君(三女のなき時も次女は中姫と呼ぶ)には十三|絃《げん》の琴をそれに合わせながら始終教えておいでになるために、おもしろく弾くようになっていた。父帝にも母女御にも早くお死に別れになって、はかばかしい保護者をお持ちにならなんだために、宮は学問などを深くあそばす時がなかった。まして処世法などは知っておいでになるわけもない貴人と申してもまた驚くばかり上品で、おおような女のような弱い性質を備えておいでになって、父帝からお譲りになった御遺産とか、外戚《がいせき》の祖父である大臣の遺産とか、永久に減るものと思われない多くのものが、どこへだれが盗んで行ったか、なくなったかもしれぬことになってしまって、ただ室内の道具などにだけ華奢《かしゃ》な品々が多く残っていた。伺候する者もなく、お力になって差し上げようとする人たちもない。御徒然なために雅楽寮の音楽専門家のうちのすぐれたのをお呼び寄せになり、芸事ばかりを熱心にお習いになって大人《おとな》におなりになった方であるから、音楽にはひいでておいでになるのである。光源氏の弟宮の八の宮と呼ばれた方で、冷泉《れいぜい》院が東宮
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