ちを見ても、
「あなたがたがどうおなりになるだろうと、将来が見たいような気がしましたのも、私のようにつまらない者でいながら、知らず知らず命を惜しんでいたわけでしょうか」
 こんなことを言って涙ぐむその顔が非常に美しかった。なぜそんなふうにばかり感ぜられるのであろうとお思いになって、中宮はお泣きになった。遺言のようにはせず話の中などで時々、
「長く私に仕えてくれました人たちの中で、たいした身寄りのないようなかわいそうなだれだれなどを、私がいなくなりましたあとで、あなたから気をつけてやってください」
 などというほどにしか死後のことは言わないのである。
 病室で読経《どきよう》の始められる日になってから中宮は東の対へお移りになった。三の宮は幾人もの宮様がたの中にことに愛らしいお姿でそばへ遊びにおいでになるのを、病苦の薄らいだ時などに女王は前へおすわらせして、女房たちの聞いていないのを見ると、
「私がいなくなりましたら、あなたは思い出してくださるでしょうね」
 などと言うのであったが、宮は、
「恋しいでしょう。私は御所の陛下よりも中宮様よりもお祖母《ばあ》様が好きなんだ。いらっしゃらなくなっ
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