しません。あちらに残っている子供たちも寂しくてかわいそうですから、せめていっしょに置いてやりたいと思います」
とまた大将は言ってよこした。そうしてから小さくてきれいな顔をした姫君たちが父のいる座敷へつれられて来た。夕霧はかわいく思って女の子たちを見た。
「お母様の言うとおりになってはいけませんよ。ものの判断のできない女になっては悪いからね」
などと教えていた。
大臣は娘と婿のこの事件を聞いて外聞を悪がっていた。
「しばらく静観をしているべきだった。大将にも考えがあってしていたことだろうからね。婦人が反抗的に家を出て来るようなことは軽率なことに見られて、かえって人の同情を失ってしまう。しかしもうそうした態度を取りかけた以上は、すぐに負けて出てはならない。そのうちに先方の誠意のありなしもわかることだから」
と娘に言って、一条の宮へ蔵人《くろうど》少将を使いにして大臣は手紙をお送りするのであった。
[#ここから2字下げ]
契《ちぎ》りあれや君を心にとどめおきて哀れと思ひ恨めしと聞く
[#ここから1字下げ]
無関心にはなれません因縁があるのでございますね。
[#ここで字下げ終わり]
この手紙を持って、少将はずんずん宮家へはいって来た。南の縁側に敷き物を出したが、女房たちは応接に出るのを気づらく思った。まして宮はわびしい気持ちになっておいでになった。この人は兄弟の中で最も風采《ふうさい》のよい人で、落ち着いた態度で邸《やしき》の中を見まわしながらも、亡《な》き兄のことを思い出しているふうであった。
「始終伺っている所のような気になって私はいるのですが、そちらでは親しい者とお認めくださらないかもしれませんね」
などと皮肉を少し言う。大臣への返事をしにくく宮は思召して、
「私にはどうしても書かれない」
こうお言いになると、
「お返事をなさいませんと、あちらでは礼儀のないようにお思いになるでございましょうし、私どもが代わって御|挨拶《あいさつ》をいたしておいてよい方でもございませんから」
女房たちが集まって、なおもお書きになることをお促しすると、宮はまずお泣きになって、御息所《みやすどころ》が生きていたなら、どんなに不愉快なことと自分の今日のことを思っても、身に代えて罪は隠してくれるであろうと母君の大きな愛を思い出しながら、お書きになる紙の上には、墨よりも涙のほうが多く伝わって来てお字が続かない。
[#ここから2字下げ]
何故《なにゆゑ》か世に数ならぬ身一つを憂《う》しとも思ひ悲しとも聞く
[#ここで字下げ終わり]
と実感のままお書きになり、それだけにして包んでお出しになった。少将は女房たちとしばらく話をしていたが、
「時々伺っている私が、こうした御簾《みす》の前にお置かれすることは、あまりに哀れですよ。これからはあなたがたを友人と思って始終まいりますから、お座敷の出入りも許していただければ、今日までの志が酬《むく》いられた気がするでしょう」
などという言葉を残して蔵人少将は帰った。
こんなことから宮の御感情はまたまた硬化していくのに対して、夕霧が煩悶《はんもん》と焦躁《しょうそう》で夢中になっている間、一方で雲井の雁夫人の苦悶《くもん》は深まるばかりであった。こんな噂《うわさ》を聞いている典侍《ないしのすけ》は、自分を許しがたい存在として嫉妬《しっと》し続ける夫人にとって今度こそ侮りがたい相手が出現したではないかと思って、手紙などは時々送っているのであったから、見舞いを書いて出した。
[#ここから2字下げ]
数ならば身に知られまし世の憂《う》さを人のためにも濡《ぬ》らす袖《そで》かな
[#ここで字下げ終わり]
失敬なというような気も夫人はするのであったが、物の身にしむころで、しかも退屈な中にいてはこれにも哀れは覚えないでもなかった。
[#ここから2字下げ]
人の世の憂きを哀れと見しかども身に代へんとは思はざりしを
[#ここで字下げ終わり]
とだけ書かれた返事に、典侍はそのとおりに思うことであろうと同情した。
夫人と結婚のできた以前の青春時代には、この典侍だけを隠れた愛人にして慰められていた大将であったが、夫人を得てからは来ることもたまさかになってしまった。さすがに子供の数だけはふえていった。夫人の生んだのは、長男、三男、四男、六男と、長女、二女、四女、五女で、典侍は三女、六女、二男、五男を持っていた。大将の子は皆で十二人であるが、皆よい子で、それぞれの特色を持って成長していった。典侍の生んだ男の子は顔もよく、才もあって皆すぐれていた。三女と二男は六条院の花散里《はなちるさと》夫人が手もとへ引き取って世話をしていた。その子供たちは院も始終御覧になって愛しておいでになった。それはまったく理想的にいっているわけである。
底本:「全訳源氏物語 中巻」角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版初版発行
1994(平成6)年6月15日39版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年1月15日44版を使用しました。
入力:上田英代
校正:柳沢成雄
2003年5月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング