に御息所《みやすどころ》は煩悶《はんもん》したことであろう、今日さえまだ手紙が送ってないということは、新婚の良人《おっと》としていえばきわめて無情な態度である。露骨に言わずに自分の行くのを促してある消息を受けていながら、自分を待ちつけることがしまいまでできずに今朝になったのであったかと思うと、大将は妻が恨めしくも憎くも思われた。無法なことをして大事な手紙を隠させるようなしぐさも皆自分がつけさせたわがままな癖であると思うと、自分自身にすら反感を覚えて泣きたい気がした。これからすぐに行こうと夕霧は思うのであったが、たやすく宮は逢《あ》おうとなされないであろうということは予想されることであったし、妻はこうして昨日から嫉妬《しっと》をし続けているのであるし、それに今日が坎日《かんにち》にあたることはもし宮のお心が解けた場合を考えると、永久に幸福を得なければならぬ結婚の最初に避けなければならぬことでもあるからと、まじめな性格からは、恋しい方との将来に不安がないように慎重に事をすべきであると考えられて、行くことはおいて、まず御息所への返事を書いた。
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珍しいお手紙を拝見いたしましたことは、御病気をお案じ申し上げるほうから申しても非常にうれしいことでしたが、おとがめを受けましたことにつきましては何かお聞き違えになったのではないかと思われるのでございます。

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秋の野の草の繁みは分けしかど仮寝の枕《まくら》結びやはせし

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弁明をいたしますのもおかしゅうございますが、宮様に対して御想像なさいますような無礼を申し上げた私では決してございません。
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 という文《ふみ》である。宮へは長い手紙を書いた。そして夕霧は厩《うまや》の中の駿足《しゅんそく》の馬に鞍《くら》を置かせて、一昨夜の五位の男を小野へ使いに出すことにした。
「昨夜から六条院に御用があって行っていて、今帰ったばかりだと申してくれ」
 大将は山荘へ行ってからのことでなおいろいろに注意を与えた。
 小野の御息所は、昨夜は夕霧の来ないらしいことに気がもまれて、あとの評判になっては不名誉であろうこともはばかられずに、促すような手紙も書いたのに、その返事すら送られなかったことに失望をしていてそのまま次の今日さえも暮れてきたことに煩悶を多く覚えて、やや軽くなったふうであった容体がまた非常に険悪なものになってきた。かえって宮御自身は御息所の思い悩む点を何ともお思いになるわけはなくて、ただ異性の他人をあれほどまでも近づかせたことが残念に思われる自分であって、彼の愛の厚薄は念頭にも置いていないにもかかわらず、それを一大事として母君が煩悶していると、恥ずかしくも苦しくも思召されて、母君ながらそのことはお話しになることもできずに、ただ平生よりも羞恥《しゅうち》を多くお感じになるふうの見える宮を、御息所は心苦しく思い、この上にまた多くの苦労をお積みにならねばなるまいと、悲しさに胸のふさがる思いをした。
「今さらお小言《おこごと》らしいことは申したくないのでございますが、それも運命とは申しながら、異性に対する御認識が不足していましたために、人がどう批難をいたすかしれませんことが起こってしまいましたのですよ。それは取り返されることではございませんが、これからはそうしたことによく御注意をなさいませ。つまらぬ私でございますが、今までは御保護の役を勤めましたが、もうあなた様はいろいろな御経験をお積みになりまして、お一人立ちにおなりになりましても充分なように思って、私は安心していたのでございますよ。けれどまだ実際はそうした御幼稚らしいところがあって、隙《すき》をお見せになったのかと思いますと、御後見のために私はもう少し生きていたい気がいたします。普通の女でも貴族階級の人は再婚して二人めの良人《おっと》を持つことをあさはかなことに人は見ているのでございますからね、まして尊貴な内親王様であなたはいらっしゃるのでございますから、あそばすならすぐれた結婚をなさらなければならなかったのでございますが、以前の御縁組みの場合にも、私はあなた様の最上の御良人《ごりょうじん》とあの方を見ることができませんで、御賛成申さなかったのですが、前生のお約束事だったのでしょうか、院の陛下がお乗り気になりまして許容をあそばす御意志をあちらの大臣へまずもってお示しになったものですから、私一人が御反対をいたし続けるのもいかがかと思いまして、負けてしまいましたのですが、予想してすでに御幸福なように思われませんでしたことは皆そのとおりでお気の毒なあなた様にしてしまいましたことを、私自身の過失ではないのですが、天を仰いで歎息《たんそく》しておりました。その上また今度のこと
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