お襖子《からかみ》のことだけは少し誇張をいたしまして、しまいまで皆はあいたのでないように申し上げておきましたから、もしくわしいお話を聞こうとなさいましたら、私のと同じようにおっしゃってくださいまし」
こう小少将が言った。御息所が悲しんでいることは申さない。宮はそれでお呼びになったのであると、いっそう侘《わび》しい気におなりになり、何も仰せられなかったが、お枕《まくら》から雫《しずく》が落ちていた。この問題だけではなく、自分の意志でなくした結婚からこの方、母に物思いばかりをさせる自分であると、宮は子としてのかいのないことを悲しんでおいでになって、あの大将もこのままで心をひるがえすことはせずに、いろいろと自分を苦しめるであろうことが煩わしい、それについて立つ噂《うわさ》もあろうと御|煩悶《はんもん》をあそばした。弁明することのできない弱い女の自分は、無根のことでどんなに悪名をきせられることになるのであろうと、穢《けが》れのない自信は持っておいでになるのであるが、皇女に生まれた者があれほど異性と近くいて夜の何時間かを過ごしたというようなことはありうることでなく、あってよいわけのものでもないとお思いになることで、御自身の運命がお悲しまれになり、憂鬱《ゆううつ》にされておいでになったが、夕方にまた、
「ぜひおいでなさいますように」
と、御息所のほうから言って来たので、間にある座敷倉の戸を、向こうとこちらと両方であけて宮は御息所の東の病室へおいでになった。
病苦がありながらも御息所はうやうやしく宮をお取り扱いした。平生の作法どおりに起き上がってもいた。
「だらしなくいたしているのでございますから、お迎えいたしますことも心が引けてなりません。ただ二、三日だけお目にかからなかったのでございますのを、何年もお逢《あ》いすることのできなかったほど寂しく思われますのも味気ないことでございます。親子の縁では未来で必然的にお逢いできますともきまらないのでございますからね。もう一度生まれてまいりましてもだめなのでございますのに、考えますれば瞬間で永遠の別れになりますわれわれがあまりに愛し過ぎて暮らしましたのが、後悔いたされます」
などと、御息所は泣くのであった。宮もいろいろなことがお心にあってお悲しい時で、何もお言いになることができずに、ただ母君の顔をながめておいでになった。非常にお内気で思うことをはきはきとお告げになることもおできにならずに、恥ずかしいお様子ばかりのお見えになるのがおかわいそうで、御息所は昨日のことをお尋ねすることもできない。灯《ひ》を早くつけさせてお夕食などもこちらで差し上げさせることに御息所はした。今朝から何も召し上がらないことを御息所は聞いて、ある物は自身で料理をし変えさせることを命じまでしてお勧めするのであるが、宮は御|箸《はし》をお触れになる気にもおなりになれなかった。ただ母君の容体がよさそうである点だけで少しの慰めを得ておいでになった。
夕霧の大将からまた手紙が来た。事情を知らない女房が使いから受け取って、
「大将さんから少将さんにというお手紙がまいりました」
と、この座敷で披露《ひろう》したことは、宮のお心をさらに苦しくさせたことであった。少将はすぐにそれを手もとへ取ってしまった。
「どんなお手紙」
と、今までそのことに一言も触れなかった御息所も問うた。反抗的になっていた御息所の心も、何時間かのうちに弱くなり、人知れず大将の今夜の来訪を待っていたのであるから、手紙が来るのは自身で来ぬことであろうと胸が騒いだのである。
「およこしになった手紙のお返事はなさいまし、しかたがございません。一度立てた名を取り消すような評判はだれがしてくれましょう。きれいな御自信はおありになっても、だれがそれを認めてくれましょう。素直にお返事もあそばして、冷淡になさらないほうがよろしゅうございます。わがままな性格だと思われてはなりません」
と宮に申し上げて、御息所《みやすどころ》は手紙を少将から受け取ろうとした。少将は心に当惑をしながらも渡すよりほかはなかった。
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冷ややかなお心を知りましたことによってかえっておさえがたいものに私の恋はなっていきそうです。
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せくからに浅くぞ見えん山河《やまかは》の流れての名をつつみはてずば
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まだいろいろに書かれてある手紙であったが、御息所は終わりまでを読まなかった。この手紙も宮との関係を明瞭《めいりょう》に説明したものでなくて恋人の冷ややかであったことにこうして酬《むく》いるというように、今夜も来ない大将の態度を御息所は悲しんだ。柏木《かしわぎ》が宮にお持ちする愛情のこまやかでないのを知った時に、御息所は悲観したものである
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