悔の念のつくられることで、罪に一歩ずつ近づく気があそばされるので、几帳だけを中の隔てには立てて、しかもうといふうには見せぬように院はしておいでになるのである。若君は乳母《めのと》の所で寝ていたのであるが、目をさまして這《は》い寄って来て、院のお袖《そで》にまつわりつくのが非常にかわいく見られた。白い羅《うすもの》に支那《しな》の小模様のある紅梅色の上着を長く引きずって、子供の身体《からだ》自身は着物と離れ離れにして背中から後ろのほうへ寄っているようなことは小さい子の常であるが、可憐で色が白くて、身丈《みたけ》がすんなりとして柳の木を削って作ったような若君である。頭は露草の汁《しる》で染めたように青いのである。口もとが美しくて、上品な眉《まゆ》がほのかに長いところなどは衛門督《えもんのかみ》によく似ているが、彼はこれほどまでにすぐれた美貌《びぼう》ではなかったのに、どうしてこんなのであろう、宮にも似ていない、すでに気高《けだか》い風采《ふうさい》の備わっている点を言えば、鏡に写る自分の子らしくも見られるのであるとお思いになって、院は若君をながめておいでになるのであった。立っても二足三足踏み出すほどになっているのである。この竹の子の置かれた広蓋《ひろぶた》のそばへ、何であるともわからぬままで若君は近づいて行き、忙しく手で掻《か》き散らして、その一つには口をあてて見て投げ出したりするのを、院は見ておいでになって、
「行儀が悪いね。いけない。あれをどちらへか隠させるといい。食い物に目をつけると言って、口の悪い女房は黙っていませんよ」
 とお笑いになる。若君を御自身の膝《ひざ》へお抱き取りになって、
「この子の眉《まゆ》がすばらしい。小さい子を私はたくさん見ないせいか、これくらいの時はただ赤ん坊らしい顔しかしていないものだと思っていたのだが、この子はすでに美しい貴公子の相があるのは危険なこととも思われる。内親王もいらっしゃる家の中でこんな人が大きくなっていっては、どちらにも心の苦労をさせなければならぬ日が必ず来るだろう。しかし皆のその遠い将来は私の見ることのできないものなのだ。『花の盛りはありなめど』(逢ひ見んことは命なりけり)だね」
 こうお言いになって若君の顔を見守っておいでになった。
「縁起のよろしくございませんことを、まあ」
 と女房たちは言っていた。若君は歯茎から出始めてむずがゆい気のする歯で物が噛《か》みたいころで、竹の子をかかえ込んで雫《しずく》をたらしながらどこもかも噛《か》み試みている。
「変わった風流男だね」
 と院は冗談《じょうだん》をお言いになって、竹の子を離させておしまいになり、

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憂《う》きふしも忘れずながらくれ竹の子は捨てがたき物にぞありける
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 こんなことをお言いかけになるが、若君は笑っているだけで何のことであるとも知らない。そそくさと院のお膝《ひざ》をおりてほかへ這《は》って行く。月日に添って顔のかわいくなっていくこの人に院は愛をお感じになって、過去の不祥事など忘れておしまいになりそうである。この愛すべき子を自分が得る因縁の過程として意外なことも起こったのであろう。すべて前生の約束事なのであろうと思召《おぼしめ》されることに少しの慰めが見いだされた。自分の宿命というものも必ずしも完全なものではなかった。幾人かの妻妾《さいしょう》の中でも最も尊貴で、好配偶者たるべき人はすでに尼になっておいでになるではないかとお思いになると、今もなお誘惑にたやすく負けておしまいになった宮がお恨めしかった。
 大将は柏木《かしわぎ》が命の終わりにとどめた一言を心一つに思い出して何事であったかいぶかしいと院に申し上げて見たく思い、その時の御表情などでお心も読みたいと願っているが、淡《うす》くほのかに想像のつくこともあるために、かえって思いやりのないお尋ねを持ち出して不快なお気持ちにおさせしてはならない、きわめてよい機会を見つけて自分は真相も知っておきたいし、故人が煩悶《はんもん》していた話もお耳に入れることにしたいと常に思っていた。
 物哀れな気のする夕方に大将は一条の宮をお訪《たず》ねした。柔らかいしめやかな感じがまずして宮は今まで琴などを弾《ひ》いておいでになったものらしかった。来訪者を長く立たせておくこともできなくて、人々はいつもの南の中の座敷へ案内した。今までこの辺の座敷に出ていた人が奥へいざってはいった気配《けはい》が何となく覚えられて、衣擦《きぬず》れの音と衣の香が散り、艶《えん》な気分を味わった。いつもの御息所《みやすどころ》が出て来て柏木の話などを双方でした。自身の所は人出入りも多く幾人もの子供が始終家の中を騒がしくしているのに馴《な》れている大将には御殿の中の
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