むと、良人《おっと》は笑って、
「変にこじつけて私の罪にするのですね。私が格子を上げさせなかったらなるほど物怪ははいる道がなかったろうね。おおぜいの人のお母様になったあなただから、たいした考え方ができるようになったものだ」
 こう言っても妻をながめる大将の美しい目つきはさすがに恥ずかしがって、続けて恨みも言わずに、
「あちらへいらっしゃい。人が見ます。見苦しい」
 とだけ言った。明るい灯《ひ》に顔を見られるのをいやがるのも可憐《かれん》な妻であると大将は思った。若君は夜通しむずかって寝なかった。
 大将は夢を思うと贈られた横笛ももてあまされる気がした。故人の強い愛着の遺《のこ》った品がやりたく思う人の手に行っていぬものらしい。しかも宮の御もとへ置きたく思う理由もない。それは笛が女の吹奏を待つものでないからである。生きておれば何とも思わぬことが臨終の際にふと気がかりになったり、ふと恋しく心が残ったりすることで幽魂が浄土へは向かわず宙宇に迷うと言われている。そうであるから人間は何事にも執着になるほどの関心を持ってはならないのであると、こんなことを思って大納言のために愛宕《おたぎ》の寺で誦経《ずきょう》をさせ、またそのほか故人と縁故のある寺でも同じく経を読ませた。この笛を歴史的価値のある物として、好意で自分へ贈った人に対しては、それがどんな尊いことであっても寺へ納めたりしてしまうことも不本意なことであると思って、大将は六条院へ参った。
 その時院は姫君の女御《にょご》の御殿へ行っておいでになった。三歳ぐらいになっておいでになる三の宮を女一の宮と同じように紫の女王《にょおう》がお養いしていて、対へお置き申してあるのであるが、大将が行くと走っておいでになって、
「大将さん、私を抱いてあちらの御殿へつれて行ってちょうだい」
 うやうやしい態度で、そしてお小さい方らしくお言いになると、大将は笑って、
「いらっしゃいませ。けれど女王様のお御簾《みす》の前をどうしてお通りいたしましょう。私よりもあなた様がお困りになりましょう」
 こう言いながらすわった膝《ひざ》へ宮を抱いておのせすると、
「だれも見ないよ。いいよ。私顔を隠して行くから」
 宮が袖《そで》を顔へお当てになるのもおかわいらしくて大将はそのまま寝殿のほうへお抱きして行った。
 こちらの御殿のほうでも院が宮の若君と二の宮がいっしょに遊んでおいでになるのをかわいく思ってながめておいでになるのであった。かどのお座敷の前で三の宮をお下《お》ろししたのを、二の宮がお見つけになって、
「私も大将に抱いていただくのだ」
 とお言いになると、三の宮が、
「いけない、私の大将だもの」
 と言って伯父《おじ》君の上着を引っぱっておいでになる。院が御覧になって、
「お行儀のないことですよ。お上《かみ》のお付きの大将を御自分のものにしようとお争いになったりしてはなりませんよ。三の宮さんはよくわからずやをお言いになりますね。いつでもお兄様に反抗をなさいますね」
 とお訓《さと》しになる。大将も笑って、
「二の宮様はずいぶんお兄様らしくて、お小さい方によくお譲りになったり、思いやりのあることをなさいます。大人でも恥ずかしくなるほどでございます」
 こんなことを言っていた。院は微笑を顔にお浮かべになって、お小言《こごと》はお言いになったものの、どちらもかわいくてならぬというような表情をしておいでになった。
「公卿《こうけい》をこんな失礼な所へ置いてはおけない。対のほうへ行くことにしよう」
 とお言いになって、立とうとあそばされるのであるが、宮たちがまつわってお離れにならない。宮の若君は宮たちと同じに扱うべきでないとお心の中では思召《おぼしめ》されるのであるが、女三の尼宮が心の鬼からその差別待遇をゆがめて解釈されることがあってはと、優しい御性質の院はお思いになって、若君をもおかわいがりになり、大事にもあそばすのであった。大将はこの若君をまだよく今までに顔を見なかったと思って、御簾《みす》の間から顔を出した時に、花の萎《しお》れた枝の落ちているのを手に取って、その児《こ》に見せながら招くと、若君は走って来た。薄藍《うすあい》色の直衣《のうし》だけを上に着ているこの小さい人の色が白くて光るような美しさは、皇子がたにもまさっていて、きわめて清らかな感じのする子であった。ある疑問に似たものを持つ思いなしか、眸《まな》ざしなどにはその人のよりも聡慧《そうけい》らしさが強く現われては見えるが、切れ長な目の目じりのあたりの艶《えん》な所などはよく柏木《かしわぎ》に似ていると思われた。美しい口もとの笑う時にことさらはなやかに見えることなどは自分の心に潜在するものがそう思わせるのかもしらぬが、院のお目には必ずお思い合わせになることが
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