始めてむずがゆい気のする歯で物が噛《か》みたいころで、竹の子をかかえ込んで雫《しずく》をたらしながらどこもかも噛《か》み試みている。
「変わった風流男だね」
 と院は冗談《じょうだん》をお言いになって、竹の子を離させておしまいになり、

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憂《う》きふしも忘れずながらくれ竹の子は捨てがたき物にぞありける
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 こんなことをお言いかけになるが、若君は笑っているだけで何のことであるとも知らない。そそくさと院のお膝《ひざ》をおりてほかへ這《は》って行く。月日に添って顔のかわいくなっていくこの人に院は愛をお感じになって、過去の不祥事など忘れておしまいになりそうである。この愛すべき子を自分が得る因縁の過程として意外なことも起こったのであろう。すべて前生の約束事なのであろうと思召《おぼしめ》されることに少しの慰めが見いだされた。自分の宿命というものも必ずしも完全なものではなかった。幾人かの妻妾《さいしょう》の中でも最も尊貴で、好配偶者たるべき人はすでに尼になっておいでになるではないかとお思いになると、今もなお誘惑にたやすく負けておしまいになった宮がお恨めしかった。
 大将は柏木《かしわぎ》が命の終わりにとどめた一言を心一つに思い出して何事であったかいぶかしいと院に申し上げて見たく思い、その時の御表情などでお心も読みたいと願っているが、淡《うす》くほのかに想像のつくこともあるために、かえって思いやりのないお尋ねを持ち出して不快なお気持ちにおさせしてはならない、きわめてよい機会を見つけて自分は真相も知っておきたいし、故人が煩悶《はんもん》していた話もお耳に入れることにしたいと常に思っていた。
 物哀れな気のする夕方に大将は一条の宮をお訪《たず》ねした。柔らかいしめやかな感じがまずして宮は今まで琴などを弾《ひ》いておいでになったものらしかった。来訪者を長く立たせておくこともできなくて、人々はいつもの南の中の座敷へ案内した。今までこの辺の座敷に出ていた人が奥へいざってはいった気配《けはい》が何となく覚えられて、衣擦《きぬず》れの音と衣の香が散り、艶《えん》な気分を味わった。いつもの御息所《みやすどころ》が出て来て柏木の話などを双方でした。自身の所は人出入りも多く幾人もの子供が始終家の中を騒がしくしているのに馴《な》れている大将には御殿の中の
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