けと仰せになった場合に、恥ずかしい結果を生むことになってはならない」
とお言いになって、それから女三の宮に熱心な琴の教授をお始めになった。変わったものを二、三曲、また大曲の長いのが四季の気候によって変わる音、寒い時と空気の暖かい時によっての弾き方を変えねばならぬことなどの特別な奥義をお教えになるのであったが、初めはたよりないふうであったものの、お心によくはいってきて上手《じょうず》におなりになった。昼は人の出入りの物音の多さに妨げられて、絃《いと》を揺《ゆ》すったり、おさえて変わる音の繊細な味を研究おさせになるのに不便なために、夜になってから静かに教うべきであるとお言いになって、女王《にょおう》の了解をお求めになって院はずっと宮の御殿のほうへお泊まりきりになり、朝夕のお稽古《けいこ》の世話をあそばされた。女御《にょご》にも女王にも琴はお教えにならなかったのであったから、このお稽古の時に珍しい秘曲もお弾きになるのであろうことを予期して、女御も得ることの困難なお暇《いとま》をようやくしばらく得て帰邸したのであった。もう皇子を二人お持ちしているのであるが、また妊娠して五月ほどになっていたから、神事の多い季節は御遠慮したいと言ってお暇を願って来たのである。
十一月が過ぎるともどるようにと宮中からの御催促が急であるのもさしおいて、このごろの楽の音《ね》のおもしろさに女御は六条院を去りがたいのであった。なぜ自分には教えていただけなかったのかと院を恨めしくお思いもしていた。普通と変わって冬の月を最もお好みになる院は、雪のある月夜にふさわしい琴の曲をお弾きになって、女房の中の楽才のあるのに他に楽器で合奏をさせたりして楽しんでおいでになった。
年末などはことに対の女王が忙しくていっさいの心配《こころくば》りのほかに、女御、宮たちのための春の仕度《したく》に追われて、
「春ののどかな気分になった夕方などにこの琴の音をよくお聞きしたい」
などと言っていたが年も変わった。
年の初めにまず帝《みかど》からのはなやかな御賀を法皇はお受けになることになっていて、差し合ってはよろしくないと院は思召し、少したった二月の十幾日のころと姫宮の奉られる賀の日をお定《き》めになり、楽の人、舞い手は始終六条院へ来てその下稽古を熱心にする日が多かった。
「対の女王がいつもお聞きしたがっているあなたの琴と、その人たちの十三|絃《げん》や琵琶《びわ》を一度合奏する女ばかりの催しをしたい。現代の大家といっても私の家族たちの音楽に対する態度より純真なものを持っていませんよ。私はたいした音楽者ではないが、すべての芸に通じておきたいと思って、少年の時から世間の専門家を師にしてつきもしたし、また貴族の中の音楽の大家たちにも教えを乞《こ》うたものですが、特に尊敬すべき芸を持った人と思われるのはなかった。その時代よりもまた現在では音楽をやる人の素質が悪くなって、芸が浅薄になっていると思う。琴などはまして稽古をする者がなくなったということですからあなただけ弾ける人はあまりないでしょう」
と院がお言いになると、宮は無邪気に微笑《ほほえ》んで、自分の芸がこんなにも認められるようになったかと喜んでおいでになった。もう二十一、二でおありになるのであるが、幼稚な所が抜けないで、そして見たお姿だけは美しかった。
「長くお目にかからないでおいでになるのだから、大人になってりっぱになったと認めていただけるようにしてお目にかからなければいけませんよ」
と事に触れて院は教えておいでになるのであった。実際こうした良人《おっと》がおいでにならなければ外間のいろいろな噂《うわさ》にさえされる方であったかもしれぬと女房たちは思っていた。
一月の二十日過ぎにはもうよほど春めいてぬるい微風《そよかぜ》が吹き、六条院の庭の梅も盛りになっていった。そのほかの花も木も明日の約されたような力が見えて、杜《もり》は霞《かす》み渡っていた。
「二月になってからでは賀宴の仕度《したく》で混雑するであろうし、こちらだけですることもその時の下調べのように思われるのも不快だから、今のうちがよい、あちらで会をなさい」
と院はお言いになって女王を寝殿のほうへお誘いになった。供をしたいという希望者は多かったが、寝殿の人と知り合いになっている以外の人は残された。少し年はいっている人たちであるがりっぱな女房たちだけが夫人に添って行った。童女は顔のいい子が四人ついて行った。朱色の上に桜の色の汗袗《かざみ》を着せ、下には薄色の厚織の袙《あこめ》、浮き模様のある表袴《おもてばかま》、肌《はだ》には槌《つち》の打ち目のきれいなのをつけさせ、身の姿態《とりなし》も優美なのが選ばれたわけであった。女御の座敷のほうも春の新しい装飾がしわたされてあっ
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