殿の離れ座敷を式場にして、螺鈿《らでん》の椅子《いす》を院の御ために設けてあった。西の座敷に衣裳《いしょう》の卓を十二置き、夏冬の服、夜着などの積まれたそれらの上を紫の綾《あや》で覆《おお》うてあるのも目に快かった。中の品物の見えないのも感じがいいのである。椅子の前には置き物の卓が二つあって、支那《しな》の羅《うすもの》の裾《すそ》ぼかしの覆《おお》いがしてある。挿頭《かざし》の台は沈《じん》の木の飾り脚《あし》の物で、蒔絵《まきえ》の金の鳥が銀の枝にとまっていた。これは東宮の桐壺の方が受け持ったので、明石夫人の手から調製させたものであるからきわめて高雅であった。御座《おまし》の後ろの四つの屏風《びょうぶ》は式部卿《しきぶきょう》の宮がお受け持ちになったもので、非常にりっぱなものだった。絵は例の四季の風景であるが、泉や滝の描《か》き方に新しい味があった。北側の壁に添って置き棚が二つ据《す》えられ、小物の並べてあることは定《きま》った形式である。南側の座敷に高官、左右の大臣、式部卿の宮をはじめとして親王がたのお席があった。舞台の左右に奏楽者の天幕ができ、庭の西と東には料理の箱詰めが八十、纏頭《てんとう》用の品のはいった唐櫃《からびつ》を四十並べてあった。午後二時に楽人たちが参入した。万歳楽、皇※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]《こうじょう》などが舞われ、日の暮れ時に高麗《こうらい》楽の乱声《らんじょう》があって、また続いて落蹲《らくそん》の舞われたのも目|馴《な》れず珍らしい見物であったが、終わりに近づいた時に、権中納言と、右衛門督《うえもんのかみ》が出て短い舞をしたあとで紅葉《もみじ》の中へはいって行ったのを陪観者は興味深く思った。昔の朱雀《すざく》院の行幸《みゆき》に青海波が絶妙の技であったのを覚えている人たちは、源氏の君と当時の頭《とうの》中将のようにこの若い二人の高官がすぐれた後継者として現われてきたことを言い、世間から尊敬されていることも、りっぱさも美しさも昔の二人の貴公子に劣らず、官位などはその時の父君たち以上にも進んでいることなどを年齢《とし》までも数えながら語って、やはり前生の善果がある家の子息たちであると両家を祝福した。六条院も涙ぐまれるほど身にしむ追憶がおありになった。夜になって楽人たちの退散していく時に紫の夫人付きの家職の長が下役たちを従えて出て、纏頭品の箱から一つずつ出して皆へ頒《わか》った。白い纏頭の服を皆が肩にかけて山ぎわから池の岸を通って行くのをはるかに見ては鶴《つる》の列かと思われた。席上での音楽が始まっておもしろい夜の宴になった。楽器は東宮の御手から皆呈供されたのである。朱雀《すざく》院からお譲られになった琵琶《びわ》、帝《みかど》からお賜わりになった十三|絃《げん》の琴などは六条院のためにお馴染《なじみ》の深い音色《ねいろ》を出して、何につけても昔の宮廷がお思われになる方であったから、またさまざまの恋しい昔の夢をお描《か》かせした。入道の宮がおいでになったなら四十の御賀も自分が主催して行なったことであろう。今になっては何を志としてお見せすることができよう、すべて不可能なことになったと院は御|歎息《たんそく》をあそばした。女院をお失いになったことは何の上にも添う特殊な光の消えたことであると帝も寂しく思召すのであって、せめて六条院だけを最高の地位に据《す》えたいというお望みも実現されないことを始終残念に思召す帝であったが、今年は四十の賀に託して六条院へ行幸《みゆき》をあそばされたい思召しであった。しかしそれも冗費は国家のためお慎みになるようにと六条院からの御進言があっておできにならぬためにくやしく思召すばかりであった。
 十二月の二十日過ぎに中宮《ちゅうぐう》が宮中から退出しておいでになって、六条院の四十歳の残りの日のための祈祷《きとう》に、奈良《なら》の七大寺へ布四千反を頒《わか》ってお納めになった。また京の四十寺へ絹四百|疋《ぴき》を布施にあそばされた。養父の院の深い愛を受けながら、お報いすることは何一つできなかった自分とともに、御父の前皇太子、母|御息所《みやすどころ》の感謝しておられる志も、せめてこの際に現わしたいと中宮は思召したのであるが、宮中からの賀の御沙汰《ごさた》を院が御辞退されたあとであったから、大仰《おおぎょう》になることは皆おやめになった。
「四十の賀というものは、先例を考えますと、それがあったあとをなお長く生きていられる人は少ないのですから、今度は内輪のことにしてこの次の賀をしていただく場合にお志を受けましょう」
 と六条院は言っておいでになったのであるが、やはりこれは半公式の賀宴で派手《はで》になった。六条院の中宮のお住居《すまい》の町の寝殿が式場になっていて、前
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