された。「賀王恩《がおうおん》」という曲が奏されて、太政大臣の子息の十歳ぐらいの子が非常におもしろく舞った。帝は御衣を脱《ぬ》いで賜い、父の太政大臣が階前でお礼の舞踏をした。主人の院はお折らせになった菊を大臣へお授けになるのであったが、青海波《せいがいは》の時を思い出しておいでになった。
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色まさる籬《まがき》の菊もをりをりに袖《そで》打ちかけし秋を恋ふらし
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当時ごいっしょに舞った大臣は、自身も人にすぐれた幸福は得ていながらも、帝の御子であらせられた院の到達された所と自身とは非常な相違のあることに気がついた。時雨《しぐれ》は彼の出て来るおりをうかがっていたようにはらはらと降りそそいだ。
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「紫の雲にまがへる菊の花濁りなき世の星かとぞ見る
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最もふさわしい時に咲いた花でございます」
と大臣は院へ申し上げた。夕風が蒔《ま》き敷く紅葉のいろいろと、遠い渡殿《わたどの》に敷かれた錦《にしき》の濃淡と、どれがどれとも見分けられない庭のほうに、美しい貴族の家の子などが、白橡《しろつるばみ》、臙脂《えんじ》、赤紫などの上着を着て、ほんの額だけにみずらを結い、短い曲をほのかに舞って紅葉の木蔭《こかげ》へはいって行く、こんなことが夜の闇《やみ》に消されてしまうかと惜しまれた。奏楽所などは大形《おおぎょう》に作ってはなくて、すぐに御前での管絃《かんげん》の合奏が始まった。御書所の役人に御物の楽器が召された。夜がおもしろく更《ふ》けたころに楽器類が御前にそろった。「宇陀《うだ》の法師」の昔のままの音を朱雀《すざく》院は珍しくお聞きになり、身にしむようにもお感じになった。
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秋をへて時雨ふりぬる里人もかかる紅葉《もみじ》の折りをこそみね
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現今の御境遇を寂しがっておいでになるような御製である。
帝が、
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世の常の紅葉とや見るいにしへのためしにひける庭の錦を
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と朱雀院へ御説明的に申された。帝の御容貌はますますお美しくおなりになるばかりであった。今ではまったく六条院と同じお顔にお見えになるのであるが、侍している源中納言の顔までが同じ物に見えるのは、この人として過分なしあわせであった。気高《けだか》い美が思いなしによるのかいささか劣って見えた。鮮明にきわだってきれいな所などはこの人がよけいに持っているように見えた。この人は笛の役をしたのである。合奏は非常におもしろく進んでいった。歌の役を勤める殿上人は階段の所に集まっていたが、その中で弁《べん》の少将の声が最もすぐれていた。
前生の善果を持って生まれてきたような人たちというべきであろう。
底本:「全訳源氏物語 中巻」角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版初版発行
1994(平成6)年6月15日39版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年1月15日44版を使用しました。
入力:上田英代
校正:kompass
2003年9月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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