臣ははばかられた。新しい婿迎えの形式をとるのも他人が見ておかしく思うことであろうから、そんなふうにはせずによい機会に直接話してみたほうがよいかもしれないなどと思っていたが、三月の二十日《はつか》は大宮の御忌日《おんきじつ》であって、極楽寺へ一族の参詣《さんけい》することがあった。内大臣は子息たちを皆引き連れて行っていて、すばらしく権勢のある家のことであるから多数の高官たちも法会《ほうえ》に参列したが、宰相中将はそうした高官たちに遜色《そんしょく》のない堂々とした風采《ふうさい》をしていて、容貌《ようぼう》なども今が盛りなようにもととのっているのであるから、高雅な最も貴《とうと》い若い朝臣《あそん》と見えた。恨めしかったあの時以来、いつも内大臣と逢《あ》うのは晴れがましいことに思われて、今日《きょう》なども親戚《しんせき》じゅうの長者としての敬意だけを十分に見せて、そしてきわめて冷静に落ち着いた態度をとっている宰相中将に、今日の内大臣は特に関心が持たれた。仏前の誦経《ずきょう》などは源氏からもさせた。中将は最も愛された祖母の宮の法事であったから、経巻や仏像その他の供養のことにも誠心《まご
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