ら、帝は妬《ねた》ましくてならぬ御感情がおありになって、最初の求婚者の権利を主張あそばしたくなるのを、あさはかな恋と思われたくないと御自制をあそばして、熱情を認めさせようとしてのお言葉だけをいろいろに下された。こうしてなつけようとあそばす御好意がかたじけなくて、結婚しても自分の心は自分の物であるのに、良人《おっと》にことごとく与えているものでないのにと玉鬘は思っていた。輦車《れんしゃ》が寄せられて、内大臣家、大将家のために尚侍の退出に従って行こうとする人たちが、出立ちを待ち遠しがり、大将自身もむつかしい顔をしながら、人々へ指図《さしず》をするふうにしてその辺を歩きまわるまで帝は尚侍の曹司をお離れになることができなかった。
「近衛《ちかきまもり》過ぎるね。これでは監視されているようではないか」
 と帝はお憎みになった。

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九重《ここのへ》に霞《かすみ》隔てば梅の花ただかばかりも匂《にほ》ひこじとや
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 何でもない御歌であるが、お美しい帝が仰せられたことであったから、特別なもののように尚侍には聞かれた。
「私は話し続けて夜が明かしたいのだが、惜しんでいる人にも、私の身に引きくらべて同情がされるからお帰りなさい。しかし、どうして手紙などはあげたらいいだろう」
 と御心配げに仰せられるのがもったいなく思われた。

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かばかりは風にもつてよ花の枝《え》に立ち並ぶべき匂《にほ》ひなくとも
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 と言って、さすがに忘られたくない様子の女に見えるのを哀れに思召しながら、顧みがちに帝はお立ち去りになった。
 すぐに大将は自邸へ玉鬘《たまかずら》を伴おうと思っているのであるが、初めから言っては源氏の同意が得られないのを知って、この時までは言わずに、突然、
「にわかに風邪《かぜ》気味になりまして、自宅で養生をしたく存じますが、別々になりましては妻も気がかりでございましょうから」
 と穏やかに了解を求めて、大将はそのまま尚侍《ないしのかみ》をつれて帰ったのであった。内大臣は婚家へ娘のにわかな引き取られ方を、形式上不満にも思ったが、小さなことにこだわっていては婿の大将の感情を害することになろうと思って、
「どちらでも私のほうの意志でどうすることもできない娘になっているのですから」
 という返事を内
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