末はいい日でありませんから延びることになりますね。十三日に加茂の河原へ除服《じょふく》の御祓《みそぎ》にあなたがおいでになるように父は決めていられるようです。私もごいっしょに参ろうと思っています」
「ごいっしょでは目だつことになるでしょう。だれにもあまり知られないようにして行くほうがいいかと思います」
 と玉鬘は言っていた。内大臣の娘として大宮の喪に服したことなどは世間へ知らせぬようにせねばならぬと考えるところにこの人の聡明《そうめい》と源氏への思いやりが現われていた。
「隠したくお思いになることが私には恨めしい気もいたしますよ。悲しい祖母のかたみのような喪服ですから、私は脱いでしまうのも惜しく思われるのです。それにしましてもやはりあなたと私とは一人の方を祖母に持っているのですから不思議な気がいたしますね。喪服をお着になることがありませんでしたら、真実のことを私は知らずじまいになったのかもしれません」
「私などにはましてよくわかりませんが、とにかく喪服を着ております気持ちは身にしむものですね」
 こう言う玉鬘の平生よりもしんみりとした調子が中将にうれしかった。この時にと思ったのか、手に持っていた蘭《ふじばかま》のきれいな花を御簾《みす》の下から中へ入れて、
「この花も今の私たちにふさわしい花ですから」
 と言って、玉鬘が受け取るまで放さずにいたので、やむをえず手を出して取ろうとする袖《そで》を中将は引いた。

[#ここから1字下げ]
「おなじ野の露にやつるる藤袴《ふぢばかま》哀れはかけよかごとばかりも
[#ここで字下げ終わり]

 道のはてなる(東路《あづまぢ》の道のはてなる常陸帯《ひたちおび》のかごとばかりも逢はんとぞ思ふ)」
 こんなことが言いかけられたのであった。玉鬘にとっては思いがけぬことに当惑を感じながらも、気づかないふうをして、少しずつ身を後ろへ引いて行った。

[#ここから1字下げ]
「たづぬるに遥《はる》けき野辺《のべ》の露ならばうす紫やかごとならまし
[#ここで字下げ終わり]

 従姉《いとこ》ということは事実だからいいでしょう。そのほかのことは何も」
 と言うと、中将は少し笑って、
「その事実のほかに考えてくださらなければならないこともおわかりになるはずですがね。常識ではもったいないことだと思っているのですが、この感情はおさえられるものでないのですからお察しください。こんなことを告白してはかえってお憎みを受けることになろうと思って今までは黙っていたのですが、ただ哀れだと思っていただくだけのことで満足したい心にもなっているのです。頭《とうの》中将の近ごろの様子をご存じですか、あのころは明らかに第三者だと思っていた私が、こんなに恋の苦しみを味わうようになるなどということは冷淡にした時の報いです。今ではあの人が冷静になってしかもつながる縁のあることに満足しているのですから、うらやましくてなりません。かわいそうだとだけでも私をお心にとめておいてください」
 まだいろいろに言ったのであるが、中将のために筆者は遠慮しておく。玉鬘《たまかずら》に気味悪く思うふうの見えるのを知って、
「私を信じてくださらないのですね。ばかな真似《まね》などをする人間でないことはおわかりになっているはずですが」
 こう中将は言った。この機会にもう少し告げたい感情もあるのであったが、
「少し気分が悪くなってきましたから」
 と言って、玉鬘が向こうへはいってしまったのを見て、深く中将は歎息《たんそく》しながら去った。
 よけいな告白をしたと中将は後悔をしたのであったが、この人以上に身に沁《し》んで恋しく思われた紫の女王《にょおう》と、せめてこれほどの接触が許されてほのかな声でも聞きうる機会をどんな時にとらえることができるであろうと、その困難さを思って心を苦しめながら中将は南の町へ来た。源氏はすぐ出て来たので、中将は聞いて来た返事をした。
「御所へ上がるのを、やっとしぶしぶ承諾した形なのだから困る。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮などが求婚者で、深刻な情熱の盛られたお手紙が送られていて、そのほうへ心が惹《ひ》かれるのではなかろうかと思うと気の毒な気にもなる。しかし大原野の行幸の時にお上《かみ》を拝見して、お美しいと思った様子だったのだからね。若い女は一目でもお顔を拝見すれば宮仕えのできる者は皆出ないではいられまいと思って、最初に私の計らったことなのだが」
 などと源氏は言う。
「それにしましてもあの方はどんなふうになられるのがいちばん適したことでしょう。御所には中宮《ちゅうぐう》が特殊な尊貴な存在でいらっしゃいますし、また弘徽殿《こきでん》の女御《にょご》という寵姫《ちょうき》もおありになるのですから、どんなにお気に入りましてもそのお二方並みにはなれ
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング