直衣《のうし》や狩衣に改めたりしているころに、六条院の大臣から酒や菓子の献上品が届いた。源氏にも供奉《ぐぶ》することを前に仰せられたのであるが、謹慎日であることによって御辞退をしたのである。蔵人《くろうど》の左衛門尉《さえもんのじょう》を御使《みつか》いにして、木の枝に付けた雉子《きじ》を一羽源氏へ下された。この仰せのお言葉は女である筆者が採録申し上げて誤りでもあってはならないから省く。
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雪深きをしほの山に立つ雉子の古き跡をも今日《けふ》はたづねよ
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御製はこうであった。これは太政大臣が野の行幸にお供申し上げた先例におよりになったことであるかもしれない。
源氏の大臣は御使いをかしこんで扱った。お返事は、
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小塩《をしほ》山みゆき積もれる松原に今日ばかりなる跡やなからん
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という歌であったようである。筆者は覚え違いをしているかもしれない。
その翌日、源氏は西の対へ手紙を書いた。
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昨日《きのう》陛下をお拝みになりましたか。お話ししていたことはどう決めますか。
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白い紙へ、簡単に気どった跡もなく書かれているのであるが、美しいのをながめて、
「ひどいことを」
と玉鬘《たまかずら》は笑っていたが、よくも心が見透かされたものであるという気がした。
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昨日は、
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うちきらし朝曇りせしみゆきにはさやかに空の光やは見し
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何が何でございますやら私などには。
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と書いて来た返事を紫の女王《にょおう》もいっしょに見た。源氏は宮仕えを玉鬘に勧めた話をした。
「中宮《ちゅうぐう》が私の子になっておいでになるのだから、同じ家からそれ以上のことがなくて出て行くのをあの人は躊躇することだろうと思うし、大臣の子として出て行くのも女御《にょご》がいられるのだから不都合だしと煩悶《はんもん》しているそのことも言っているのですよ。若い女で宮中へ出る資格のある者が陛下を拝見しては御所の勤仕を断念できるものでないはずだ」
と源氏が言うと、
「いやなあなた。お美しいと拝見しても恋愛的に御奉公を考えるのは失礼すぎたことじゃありませんか」
と女王は笑った。
「そうでもない。あなただって拝見すれば陛下のおそばへ上がりたくなりますよ」
などと言いながら源氏はまた西の対へ書いた。
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あかねさす光は空に曇らぬをなどてみゆきに目をきらしけん
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ぜひ決心をなさるように。
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こんなふうに言って源氏は絶えず勧めていた。ともかくも裳着《もぎ》の式を行なおうと思って、その儀式の日の用意を始めさせた。自身ではたいしたことにしようとしないことでも、源氏の家で行なわれることは自然にたいそうなものになってしまうのであるが、今度のことはこれを機会に内大臣へほんとうのことを知らせようと期している式であったから、きわめて華美な支度《したく》になっていった。来春の二月にしようと源氏は思っているのであった。女は世間から有名な人にされていても、まだ姫君である間は必ずしも親の姓氏を明らかに掲げている必要もないから、今までは藤原《ふじわら》の内大臣の娘とも、源氏の娘とも明確にしないで済んだが、源氏の望むように宮仕えに出すことにすれば春日《かすが》の神の氏の子を奪うことになるし、ついに知れるはずのものをしいて当座だけ感情の上からごまかしをするのも自身の不名誉であると源氏は考えた。平凡な階級の人は安易に姓氏を変えたりもするが、内に流れた親子の血が人為的のことで絶えるものでないから、自然のままに自分の寛大さを大臣に知らしめようと源氏は決めて、裳《も》の紐《ひも》を結ぶ役を大臣へ依頼することにしたが、大臣は、去年の冬ごろから御病気をしておいでになる大宮が、いつどうおなりになるかもしれぬ場合であるから、祝儀のことに出るのは遠慮をすると辞退してきた。中将も夜昼三条の宮へ行って付ききりのようにして御|介抱《かいほう》をしていて、何の余裕も心にないふうな時であるから、裳着は延ばしたものであろうかとも源氏は考えたが、宮がもしお薨《かく》れになれば玉鬘《たまかずら》は孫としての服喪の義務があるのを、知らぬ顔で置かせては罪の深いことにもなろうから、宮の御病気を別問題として裳着を行ない、大臣へ真相を知らせることも宮の生きておいでになる間にしようと源氏は決心して、三条の宮をお見舞いしがてらにお訪《たず》ねした。微行《しのび》として来たのであるが行幸《みゆき》にひとしい威儀が知らず知らず添っていた。美しさはいよいよ
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