。つまらない物ですが女房にでもお与えください。
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 とおおように書かれてあった。源氏はそれの来ているのを見て気まずく思って例のよけいなことをする人だと顔が赤くなった。
「これは前代の遺物のような人ですよ。こんなみじめな人は引き込んだままにしているほうがいいのに、おりおりこうして恥をかきに来られるのだ」
 と言って、また、
「しかし返事はしておあげなさい。侮辱されたと思うでしょう。親王さんが御秘蔵になすったお嬢さんだと思うと、軽蔑《けいべつ》してしまうことのできない、哀れな気のする人ですよ」
 とも言うのであった。小袿の袖の所にいつも変わらぬ末摘花の歌が置いてあった。

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わが身こそうらみられけれ唐《から》ごろも君が袂《たもと》に馴《な》れずと思へば
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 字は昔もまずい人であったが、小さく縮かんだものになって、紙へ強く押しつけるように書かれてあるのであった。源氏は不快ではあったが、また滑稽《こっけい》にも思われて破顔していた。
「どんな恰好《かっこう》をしてこの歌を詠《よ》んだろう、昔の気力だけもなくなっているのだから、大騒ぎだったろう」
 とおかしがっていた。
「この返事は忙しくても私がする」
 と源氏は言って、
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不思議な、常人の思い寄らないようなことはやはりなさらないでもいいことだったのですよ。
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 と反感を見せて書いた。また、

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からごろもまた唐衣からごろも返す返すも唐衣なる
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 と書いて、まじめ顔で、
「あの人が好きな言葉なのですから、こう作ったのです」
 こんなことを言って玉鬘に見せた。姫君は派手《はで》に笑いながらも、
「お気の毒でございます。嘲弄《ちょうろう》をなさるようになるではございませんか」
 と困ったように言っていた。こんな戯れも源氏はするのである。
 内大臣は重々しくふるまうのが好きで、裳着の腰結《こしゆ》い役を引き受けたにしても、定刻より早く出掛けるようなことをしないはずの人であるが、玉鬘のことを聞いた時から、一刻も早く逢いたいという父の愛が動いてとまらぬ気持ちから、今日は早く出て来た。行き届いた上にも行き届かせての祝い日の設けが六条院にできていた。よくよくの好意がなければこれほどまでにできるものではないと内大臣はありがたくも思いながらまた風変わりなことに出あっている気もした。夜の十時に式場へ案内されたのである。形式どおりの事のほかに、特にこの座敷における内大臣の席に華美な設けがされてあって、数々の肴《さかな》の台が出た。燈火を普通の裳着《もぎ》の式場などよりもいささか明るくしてあって、父がめぐり合って見る子の顔のわかる程度にさせてあるのであった。よく見たいと大臣は思いながらも式場でのことで、単に裳《も》の紐《ひも》を結んでやる以上のこともできないが、万感が胸に迫るふうであった。源氏が、
「今日はまだ歴史を外部に知らせないことでございますから、普通の作法におとめください」
 と注意した。
「実際何とも申し上げようがありません」
 杯の進められた時に、また内大臣は、
「無限の感謝を受けていただかなければなりません。しかしながらまた今日までお知らせくださいませんでした恨めしさがそれに添うのもやむをえないこととお許しください」
 と言った。

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うらめしや沖つ玉藻《たまも》をかづくまで磯《いそ》隠れける海人《あま》の心よ
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 こう言う大臣に悲しいふうがあった。玉鬘《たまかずら》は父のこの歌に答えることが、式場のことであったし、晴れがましくてできないのを見て、源氏は、

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「寄辺《よるべ》なみかかる渚《なぎさ》にうち寄せて海人も尋ねぬ藻屑《もくづ》とぞ見し
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 御無理なお恨みです」
 代わってこう言った。
「もっともです」
 と内大臣は苦笑するほかはなかった。こうして裳着の式は終わったのである。親王がた以下の来賓も多かったから、求婚者たちも多く混じっているわけで、大臣が饗応《きょうおう》の席へ急に帰って来ないのはどういうわけかと疑問も起こしていた。内大臣の子息の頭《とうの》中将と弁《べん》の少将だけはもう真相を聞いていた。知らずに恋をしたことを思って、恥じもしたし、また精神的恋愛にとどまったことは幸《しあわ》せであったとも思った。
 弁は、
「求婚者になろうとして、もう一歩を踏み出さなかったのだから自分はよかった」
 と兄にささやいた。
「太政大臣はこんな趣味がおありになるのだろうか。中宮と同じようにお扱いになる気だろうか」
 とまた一人が言ったりし
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