なかったのであるが、風は巌《いわ》も動かすという言葉に真理がある、慎み深い貴女《きじょ》も風のために端へ出ておられて、自分に珍しい喜びを与えたのであると中将は思ったのであった。家司《けいし》たちが出て来て、
「たいへんな風力でございます。北東から来るのでございますから、こちらはいくぶんよろしいわけでございます。馬場殿と南の釣殿《つりどの》などは危険に思われます」
 などと主人に報告して、下人《げにん》にはいろいろな命令を下していた。
「中将はどこから来たか」
「三条の宮にいたのでございますが、風が強くなりそうだと人が申すものですから、心配でこちらへ出て参りました。あちらではお一方《ひとかた》きりなのですから心細そうになさいまして、風の音なども若い子のように恐ろしがっていられますからお気の毒に存じまして、またあちらへ参ろうと思います」
 と中将は言った。
「ほんとうにそうだ。早く行くがいいね。年がいって若い子になるということは不思議なようでも実は皆そうなのだね」
 と源氏は大宮に御同情していた。
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騒がしい天気でございますから、いかがとお案じしておりますが、この朝臣《あそん》がお付きしておりますことで安心してお伺いはいたしません。
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 という挨拶《あいさつ》を言づてた。途中も吹きまくる風があって侘《わび》しいのであったが、まじめな公子であったから、三条の宮の祖母君と、六条院の父君への御|機嫌《きげん》伺いを欠くことはなくて、宮中の御謹慎日などで、御所から外へ出られぬ時以外は、役所の用の多い時にも臨時の御用の忙しい時にも、最初に六条院の父君の前へ出て、三条の宮から御所へ出勤することを規則正しくしている人で、こんな悪天候の中へ身を呈するようなお見舞いなども苦労とせずにした。宮様は中将が来たので力を得たようにお喜びになった。
「年寄りの私がまだこれまで経験しないほどの野分ですよ」
 とふるえておいでになった。大木の枝の折れる音などもすごかった。家々の瓦《かわら》の飛ぶ中を来たのは冒険であったとも宮は言っておいでになった。はなやかな御生活をあそばされたことも皆過去のことになって、この人一人をたよりにしておいでになる御現状を拝見しては無常も感ぜられるのである。今でも世間から受けておいでになる尊敬が薄らいだわけではないが、かえってお一
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