源氏物語
篝火
紫式部
與謝野晶子訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)玉鬘《たまかずら》は

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)十三|絃《げん》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ]
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[#地から3字上げ]大きなるまゆみのもとに美しくかがり
[#地から3字上げ]火もえて涼風ぞ吹く    (晶子)

 このごろ、世間では内大臣の新令嬢という言葉を何かのことにつけては言うのを源氏の大臣は聞いて、
「ともかくも深窓に置かれる娘を、最初は大騒ぎもして迎えておきながら、今では世間へ笑いの材料に呈供しているような大臣の気持ちが理解できない。自尊心の強い性質から、ほかで育った娘の出来のよしあしも考えずに呼び寄せたあとで、気に入らない不愉快さを、そうした侮辱的扱いで紛らしているのであろう。実質はともかくも周囲の人が愛でつくろえば世間体をよくすることもできるものなのだけれど」
 と言って愛されない令嬢に同情していた。そんなことも聞いて玉鬘《たまかずら》は親であってもどんな性格であるとも知らずに接近して行っては恥ずかしい目にあうことが自分にないとも思われないと感じた。右近もそれを強めたような意見を告げた。迷惑な恋心は持たれているが、そうかといって無理をしいようともせず愛情はますます深く感ぜられる源氏であったから、ようやく玉鬘も不安なしに親しむことができるようになった。
 秋にもなった。風が涼しく吹いて身にしむ思いのそそられる時であるから、恋しい玉鬘の所へ源氏は始終来て、一日をそこで暮らすようなことがあった。琴を教えたりもしていた。五、六日ごろの夕月は早く落ちてしまって、涼しい色の曇った空のもとでは荻《おぎ》の葉が哀れに鳴っていた。琴を枕《まくら》にして源氏と玉鬘とは並んで仮寝《かりね》をしていた。こんなみじめな境地はないであろうと源氏は歎息《たんそく》をしながら夜ふかしをしていたが、人が怪しむことをはばかって帰って行こうとして、前の庭の篝《かがり》が少し消えかかっているのを、ついて来ていた右近衛《うこんえ》の丞《じょう》に命じてさらに燃やさせた。涼しい流れの所におもしろい形で広がった檀《まゆみ》の木の下に美しい篝は燃え始めたのである。座敷のほうへはちょうど涼しいほどの明りがさして、女の
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