知らじな湧《わ》き返り岩|洩《も》る水に色し見えねば
[#ここで字下げ終わり]
と書いてある。書き方に近代的なはかなさが見せてあるのである。
「これはどんな人のですか」
と源氏は聞くのであるが、はかばかしい返辞を玉鬘はしない。源氏は右近を呼び出した。
「こんな手紙をよこす人たちに細心な注意を払ってね、分類をしてね、返事をすべき人には返事をさせなければいけない。近ごろの男が暴力で恋を遂げるというようなことも、必ずしも男の咎《とが》ばかりではない。それは私自身も体験したことで、あまりに冷淡だ、無情だ、恨めしいと、そんな気持ちが積もり積もって、無法をしてしまうのだ。またそれが身分の低い女であれば、失敬な態度だと思っては罪を犯すことにもなるのだ。たいしたことでなしに、花や蝶につけての返事はして、この程度の交際を持続させておくことも相手を熱心にさせる効果のあるものだからね。あるいはまたそれなりに双方で忘れてしまうことになっても少しもさしつかえのないことだ。けれどまた誠意のない出来心で手紙をよこしたような場合にすぐ返事を書いてやるのもよろしくない。あとで批難されても弁解のしようがない。全体女というものは、慎み深くしていずに、動いた感情をありのままに相手へ見せることをしては、結果は必ずよくないものだが、宮や大将が謙遜《けんそん》な態度をとって、いいかげんな一時的な恋をされる訳はないのだからね。いつも返事をせずに自尊心を持ち過ぎた女のように思わせるのも、この人にはふさわしくないことだからね。またそれ以下の人たちのことは、忍耐力の強さ、月日の長さ短さによって、それ相応に好意的な返事をするのだね」
と源氏が言っている間、顔を横向けていた玉鬘《たまかずら》の側面が美しく見えた。派手《はで》な薄色の小袿《こうちぎ》に撫子《なでしこ》色の細長を着ている取り合わせも若々しい感じがした。身の取りなしなどに難はなかったというものの、以前は田舎の生活から移ったばかりのおおようさが見えるだけのものであった。紫夫人などの感化を受けて、今では非常に柔らかな、繊細な美が一挙一動に現われ、化粧なども上手《じょうず》になって、不満足な気のするようなことは一つもないはなやかな美人になっていた。人の妻にさせては後悔が残るであろうと源氏は思った。右近も二人を微笑《ほほえ》んでながめながら、父親として見るのに不
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