ます。姫君も大人《おとな》になっておいでになります。何よりおとど[#「おとど」に傍点]さんにこの話を」
 と、言って三条は向こうへ行った。九州から来た人たちの驚いたことは言うまでもない。
「夢のような気がします。どれほど恨んだかしれない方にお目にかかることになりました」
 おとど[#「おとど」に傍点]はこう言って幕の所へ来た。もうあちらからも、こちらからも隔てにしてあった屏風《びょうぶ》などは取り払ってしまった。右近もおとど[#「おとど」に傍点]も最初はものが言えずに泣き合った。やっとおとど[#「おとど」に傍点]が口を開いて、
「奥様はどうおなりになりました。長い年月の間夢にでもいらっしゃる所を見たいと大願を立てましたがね、私たちは遠い田舎の人になっていたのですからね、何の御様子も知ることができません。悲しんで、悲しんで、長生きすることが恨めしくてならなかったのですが、奥様が捨ててお行きになった姫君のおかわいいお顔を拝見しては、このまま死んでは後世《ごせ》の障《さわ》りになると思いましてね、今でもお護《も》りしています」
 おとど[#「おとど」に傍点]の話し続ける心持ちを思っては、昔あの時に気おくれがして知らせられなかったよりも、幾倍かのつらさを味わいながらも、絶体絶命のようになって、右近は、
「お話ししてもかいのないことでございますよ。奥様はもう早くお亡《かく》れになったのですよ」
 と言った。三条も混ぜて三人はそれから咽《む》せ返って泣いていた。
 日が暮れたと騒ぎ出し、お籠《こも》りをする人々の燈明が上げられたと宿の者が言って、寺へ出かけることを早くと急がせに来た。そのために双方ともまだ飽き足らぬ気持ちで別れねばならなかった。
「ごいっしょにお詣《まい》りをしましょうか」
 とも言ったが、双方とも供の者の不思議に思うことを避けて、おとど[#「おとど」に傍点]のほうではまだ豊後介にも事実を話す間がないままで同時に宿坊を出た。右近は人知れず九州の一行の中の姫君の姿を目に探っていた。そのうちに美しい後ろ姿をした一人の、非常に疲労した様子で、夏の初めの薄絹の単衣《ひとえ》のような物を上から着て、隠された髪の透き影のみごとそうな人を右近は見つけた。お気の毒であるとも、悲しいことであるとも思ってながめたのである。少し歩き馴《な》れた人は皆らくらくと上の御堂《みどう》へ着い
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