しい、自我を出さない花散里を同じ日に東の院から移転させた。春の住居《すまい》は今の季節ではないようなもののやはり全体として最もすぐれて見えるのがここであった。車の数が十五で、前駆には四位五位が多くて、六位の者は特別な縁故によって加えられたにすぎない。たいそうらしくなることは源氏が避けてしなかった。もう一人の夫人の前駆その他もあまり落とさなかった。長男の侍従がその夫人の子になっているのであるからもっともなことであると見えた。女房たちの部屋の配置、こまごまと分けて部屋数の多くできていることなどが新邸の建築のすぐれた点である。五、六日して中宮が御所から退出しておいでになった。その儀式はさすがにまた派手《はで》なものであった。源氏を後援者にしておいでになる方という幸福のほかにも、御人格の優しさと高潔さが衆望を得ておいでになることがすばらしいお后《きさき》様であった。この四つに分かれた住居《すまい》は、塀《へい》を仕切りに用いた所、廊で続けられた所などもこもごもに混ぜて、一つの大きい美観が形成されてあるのである。九月にはもう紅葉《もみじ》がむらむらに色づいて、中宮の前のお庭が非常に美しくなった。夕方に風の吹き出した日、中宮はいろいろの秋の花紅葉を箱の蓋《ふた》に入れて紫夫人へお贈りになるのであった。やや大柄な童女が深紅《しんく》の袙《あこめ》を着、紫苑《しおん》色の厚織物の服を下に着て、赤|朽葉《くちば》色の汗袗《かざみ》を上にした姿で、廊の縁側を通り渡殿《わたどの》の反橋《そりはし》を越えて持って来た。お后が童女をお使いになることは正式な場合にあそばさないことなのであるが、彼らの可憐《かれん》な姿が他の使いにまさると宮は思召したのである。御所のお勤めに馴《な》れている子供は、外の童女と違った洗練された身のとりなしも見えた。お手紙は、

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心から春待つ園はわが宿の紅葉を風のつてにだに見よ
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 というのであった。若い女房たちはお使いをもてはやしていた。こちらからはその箱の蓋へ、下に苔《こけ》を敷いて、岩を据《す》えたのを返しにした。五葉の枝につけたのは、

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風に散る紅葉は軽し春の色を岩根の松にかけてこそ見め
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 という夫人の歌であった。よく見ればこの岩は作り物であった。すぐにこうし
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