らったはずです」
源氏の愛嬌《あいきょう》はこぼれるようであった。
「この御禊《みそぎ》を神は(恋せじとみたらし川にせし御禊《みそぎ》神は受けずもなりにけるかな)お受けになりませんそうですね」
宣旨は軽く戯談《じょうだん》にしては言っているが、心の中では非常に気の毒だと源氏に同情していた。羞恥《しゅうち》深い女王は次第に奥へ身を引いておしまいになって、もう宣旨にも言葉をお与えにならない。
「あまりに哀れに自分が見えすぎますから」
と深い歎息《たんそく》をしながら源氏は立ち上がった。
「年が行ってしまうと恥ずかしい目にあうものです。こんな恋の憔悴《しょうすい》者にせめて話を聞いてやろうという寛大な気持ちをお見せになりましたか。そうじゃない」
こんな言葉を女房に残して源氏の帰ったあとで、女房らはどこの女房も言うように源氏をたたえた。空の色も身にしむ夜で、木の葉の鳴る音にも昔が思われて、女房らは古いころからの源氏との交渉のあったある場面場面のおもしろかったこと、身に沁《し》んだことも心に浮かんでくると言って斎院にお話し申していた。
不満足な気持ちで帰って行った源氏はましてその夜が眠れなかった。早く格子《こうし》を上げさせて源氏は庭の朝霧をながめていた。枯れた花の中に朝顔が左右の草にまつわりながらあるかないかに咲いて、しかも香さえも放つ花を折らせた源氏は、前斎院へそれを贈るのであった。
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あまりに他人らしくお扱いになりましたから、きまりも悪くなって帰りましたが、哀れな私の後ろ姿をどうお笑いになったことかと口惜《くちお》しい気もしますが、しかし、
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見し折りのつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらん
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どんなに長い年月の間あなたをお思いしているかということだけは知っていてくださるはずだと思いまして、私は歎《なげ》きながらも希望を持っております。
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という手紙を源氏は書いたのである。真正面から恋ばかりを言われているのでもない中年の源氏のおとなしい手紙に対して、返事をせぬことも感情の乏しい女と思われることであろうと女王もお思いになり、女房たちもそう思って硯《すずり》の用意などしたのでお書きになった。
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秋はてて霧の籬《まがき》にむすぼほれあるかなきか
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