こそ忘られね親の親とか言ひし一こと
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 源氏は悪感《おかん》を覚えて、

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「身を変へて後《あと》も待ち見よこの世にて親を忘るるためしありやと
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 頼もしい縁ですよ。そのうちにまた」
 と言って立ってしまった。
 西のほうはもう格子が下《お》ろしてあったが、迷惑がるように思われてはと斟酌《しんしゃく》して一間二間はそのままにしてあった。月が出て淡い雪の光といっしょになった夜の色が美しかった。今夜は真剣なふうに恋を訴える源氏であった。
「ただ一言、それは私を憎むということでも御自身のお口から聞かせてください。私はそれだけをしていただいただけで満足してあきらめようと思います」
 熱情を見せてこう言うが、女王《にょおう》は、自分も源氏もまだ若かった日、源氏が今日のような複雑な係累もなくて、どんなことも若さの咎《とが》で済む時代にも、父宮などの希望された源氏との結婚問題を、自分はその気になれずに否《いな》んでしまった。ましてこんなに年が行って衰えた今になっては、一言でも直接にものを言ったりすることは恥ずかしくてできないとお思いになって、だれが勧めてもそうしようとされないのを、源氏は非常に恨めしく思った。さすがに冷淡にはお取り扱いにはならないで、人づてのお返辞はくださるというのであったから、源氏は悶々《もんもん》とするばかりであった。次第に夜がふけて、風の音もはげしくなる。心細さに落ちる涙をぬぐいながら源氏は言う。

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「つれなさを昔に懲りぬ心こそ人のつらさに添へてつらけれ
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『心づから』(恋しさも心づからのものなれば置き所なくもてぞ煩ふ)苦しみます」
「あまりにお気の毒でございますから」
 と言って、女房らが女王に返歌をされるように勧めた。

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「改めて何かは見えん人の上にかかりと聞きし心変はりを
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 私はそうしたふうに変わっていきません」
 と女房が斎院のお言葉を伝えた。力の抜けた気がしながらも、言うべきことは言い残して帰って行く源氏は、自身がみじめに思われてならなかった。
「こんなことは愚かな男の例として噂《うわさ》にもなりそうなことですから人には言わないでください。『いさや川』(犬上《いぬがみ》のとこ
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