はどんな難儀になりましても後悔などはいたしません。仏様からこの告白はお勧めを受けてすることでございます。陛下がお妊《はら》まれになりました時から、故宮はたいへんな御心配をなさいまして、私に御委託あそばしたある祈祷《きとう》がございました。くわしいことは世捨て人の私に想像ができませんでございました。大臣《おとど》が一時失脚をなさいまして難儀にお逢《あ》いになりましたころ宮の御恐怖は非常なものでございまして、重ねてまたお祈りを私へ仰せつけになりました。大臣《おとど》がそれをお聞きになりますと、また御自身のほうからも同じ御祈祷をさらに増してするようにと御下命がございまして、それは御位にお即《つ》きあそばすまで続けました祈祷でございました。そのお祈りの主旨はこうでございました」
と言って、くわしく僧都の奏上するところを聞こし召して、お驚きになった帝の御心《みこころ》は恥ずかしさと、恐しさと、悲しさとの入り乱れて名状しがたいものであった。何とも仰せがないので、僧都は進んで秘密をお知らせ申し上げたことを御不快に思召すのかと恐懼《きょうく》して、そっと退出しようとしたのを、帝はおとどめになった。
「それを自分が知らないままで済んだなら後世《ごせ》までも罪を負って行かなければならなかったと思う。今まで言ってくれなかったことを私はむしろあなたに信用がなかったのかと恨めしく思う。そのことをほかにも知った者があるだろうか」
と仰せられる。
「決してございません。私と王命婦《おうみょうぶ》以外にこの秘密をうかがい知った者はございません。その隠れた事実のために恐ろしい天の譴《さとし》がしきりにあるのでございます。世間に何となく不安な気分のございますのもこのためなのでございます。御幼年で何のお弁《わきま》えもおありあそばさないころは天もとがめないのでございますが、大人におなりあそばされた今日になって天が怒りを示すのでございます。すべてのことは御両親の御代《みよ》から始められなければなりません。何の罪とも知《しろ》し召さないことが恐ろしゅうございますから、いったん忘却の中へ追ったことを私はまた取り出して申し上げました」
泣く泣く僧都の語るうちに朝が来たので退出してしまった。
帝《みかど》は隠れた事実を夢のようにお聞きになって、いろいろと御|煩悶《はんもん》をあそばされた。故院のためにも済まないこととお思われになったし、源氏が父君でありながら自分の臣下となっているということももったいなく思召された。お胸が苦しくて朝の時が進んでも御寝室をお離れにならないのを、こうこうと報《しら》せがあって源氏の大臣が驚いて参内した。お出ましになって源氏の顔を御覧になるといっそう忍びがたくおなりあそばされた。帝は御落涙になった。源氏は女院をお慕いあそばされる御親子の情から、夜も昼もお悲しいのであろうと拝見した、その日に式部卿《しきぶきょう》親王の薨去が奏上された。いよいよ天の示しが急になったというように帝はお感じになったのであった。こんなころであったからこの日は源氏も自邸へ退出せずにずっとおそばに侍していた。しんみりとしたお話の中で、
「もう世の終わりが来たのではないだろうか。私は心細くてならないし、天下の人心もこんなふうに不安になっている時だから私はこの地位に落ち着いていられない。女院がどう思召すかと御遠慮をしていて、位を退くことなどは言い出せなかったのであるが、私はもう位を譲って責任の軽い身の上になりたく思う」
こんなことを帝は仰せられた。
「それはあるまじいことでございます。死人が多くて人心が恐怖状態になっておりますことは、必ずしも政治の正しいのと正しくないのとによることではございません。聖主の御代《みよ》にも天変と地上の乱のございますことは支那《しな》にもございました。ここにもあったのでございます。まして老人たちの天命が終わって亡《な》くなってまいりますことは大御心《おおみこころ》におかけあそばすことではございません」
などと源氏は言って、譲位のことを仰せられた帝をお諫《いさ》めしていた。問題が間題であるからむずかしい文字は省略する。
じみな黒い喪服姿の源氏の顔と竜顔《りゅうがん》とは常よりもなおいっそうよく似てほとんど同じもののように見えた。帝も以前から鏡にうつるお顔で源氏に似たことは知っておいでになるのであるが、僧都の話をお聞きになった今はしみじみとその顔に御目が注がれて熱い御愛情のお心にわくのをお覚えになる帝は、どうかして源氏にそのことを語りたいと思召すのであったが、さすがに御言葉にはあそばしにくいことであったから、お若い帝は羞恥《しゅうち》をお感じになってお言い出しにならなかった。そんな間帝はただの話も常よりはなつかしいふうにお語りになり、敬意をお
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