ようになった明石《あかし》を、源氏はそうした寂しい思いをするのも心がらである、自分の勧めに従って町へ出て来ればよいのであるが、他の夫人たちといっしょに住むのがいやだと思うような思い上がりすぎたところがあるからであると見ながらも、また哀れで、例の嵯峨《さが》の御堂の不断の念仏に託して山荘を訪《たず》ねた。住み馴《な》れるにしたがってますます凄《すご》い気のする山荘に待つ恋人などというものは、この源氏ほどの深い愛情を持たない相手をも引きつける力があるであろうと思われる。ましてたまさかに逢えたことで、恨めしい因縁のさすがに浅くないことも思って歎く女はどう取り扱っていいかと、源氏は力限りの愛撫《あいぶ》を試みて慰めるばかりであった。木の繁《しげ》った中からさす篝《かがり》の光が流れの蛍《ほたる》と同じように見える庭もおもしろかった。
「過去に寂しい生活の経験をしていなかったら、私もこの山荘で逢うことが心細くばかり思われることだろう」
と源氏が言うと、
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「いさりせしかげ忘られぬ篝火《かがりび》は身のうき船や慕ひ来にけん
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あちらの景色《けしき》によく似ております。不幸な者につきもののような灯影《ほかげ》でございます」
と明石が言った。
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「浅からぬ下の思ひを知らねばやなほ篝火の影は騒げる
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だれが私の人生観を悲しいものにさせたのだろう」
と源氏のほうからも恨みを言った。少し閑暇《ひま》のできたころであったから、御堂《みどう》の仏勤めにも没頭することができて、二、三日源氏が山荘にとどまっていることで女は少し慰められたはずである。
底本:「全訳源氏物語 上巻」角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年8月10日改版初版発行
1994(平成6)年12月20日56版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年4月5日71版を使用しました。
入力:上田英代
校正:kompass
2003年7月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp
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