ていた。源氏はこんなふうな態度を帝がおとりあそばすことになったことで苦しんでいた。故中宮のためにもおかわいそうなことで、また陛下には御|煩悶《はんもん》をおさせする結果になっている秘密奏上をだれがしたかと怪しく思った。命婦は御匣殿《みくしげどの》がほかへ移ったあとの御殿に部屋をいただいて住んでいたから、源氏はそのほうへ訪《たず》ねて行った。
「あのことをもし何かの機会に少しでも陛下のお耳へお入れになったのですか」
と源氏は言ったが、
「私がどういたしまして。宮様は陛下が秘密をお悟りになることを非常に恐れておいでになりましたが、また一面では陛下へ絶対にお知らせしないことで陛下が御仏の咎《とが》をお受けになりはせぬかと御煩悶をあそばしたようでございました」
命婦はこう答えていた。こんな話にも故宮の御感情のこまやかさが忍ばれて源氏は恋しく思った。
斎宮《さいぐう》の女御《にょご》は予想されたように源氏の後援があるために後宮《こうきゅう》のすばらしい地位を得ていた。すべての点に源氏の理想にする貴女《きじょ》らしさの備わった人であったから、源氏はたいせつにかしずいていた。この秋女御は御所から二条の院へ退出した。中央の寝殿を女御の住居に決めて、輝くほどの装飾をして源氏は迎えたのであった。もう院への御遠慮も薄らいで、万事を養父の心で世話をしているのである。秋の雨が静かに降って植え込みの草の花の濡《ぬ》れ乱れた庭をながめて女院のことがまた悲しく思い出された源氏は、湿ったふうで女御の御殿へ行った。濃い鈍《にび》色の直衣《のうし》を着て、病死者などの多いために政治の局にあたる者は謹慎をしなければならないというのに託して、実は女院のために源氏は続いて精進をしているのであったから、手に掛けた数珠《じゅず》を見せぬように袖《そで》に隠した様子などが艶《えん》であった。御簾《みす》の中へ源氏ははいって行った。几帳《きちょう》だけを隔てて王女御はお逢《あ》いになった。
「庭の草花は残らず咲きましたよ。今年のような恐ろしい年でも、秋を忘れずに咲くのが哀れです」
こう言いながら柱によりかかっている源氏は美しかった。御息所《みやすどころ》のことを言い出して、野の宮に行ってなかなか逢ってもらえなかった秋のことも話した。故人を切に恋しく思うふうが源氏に見えた。宮も「いにしへの昔のことをいとどしくか
前へ
次へ
全21ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング