みながら雨の洩《も》って濡《ぬ》れた廂《ひさし》の室の端のほうを拭《ふ》かせたり部屋の中を片づけさせたりなどして、平生にも似ず歌を思ってみたのである。
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亡《な》き人を恋ふる袂《たもと》のほどなきに荒れたる軒の雫《しづく》さへ添ふ
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こんなふうに、寂しさを書いていた時が、源氏の車の止められた時であった。
惟光は邸の中へはいってあちらこちらと歩いて見て、人のいる物音の聞こえる所があるかと捜したのであるが、そんな物はない。自分の想像どおりにだれもいない、自分は往《ゆ》き返りにこの邸《やしき》は見るが、人の住んでいる所とは思われなかったのだからと思って惟光が足を返そうとする時に、月が明るくさし出したので、もう一度見ると、格子《こうし》を二間ほど上げて、そこの御簾《みす》は人ありげに動いていた。これが目にはいった刹那《せつな》は恐ろしい気さえしたが、寄って行って声をかけると、老人らしく咳《せき》を先に立てて答える女があった。
「いらっしゃったのはどなたですか」
惟光《これみつ》は自分の名を告げてから、
「侍従さんという方にちょっとお目にか
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