いて、こんな家にどうして暮らしてきたかと思われるほどである。若やかで美しいたちの女であったから、源氏が戯談《じょうだん》を言ったりするのにもおもしろい相手であった。
「私は取り返したい気がする。遠くへなどおまえをやりたくない。どう」
 と言われて、直接源氏のそばで使われる身になれたなら、過去のどんな不幸も忘れることができるであろうと、物哀れな気持ちに女はなった。

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「かねてより隔てぬ中とならはねど別れは惜しきものにぞありける
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 いっしょに行こうかね」
 と源氏が言うと、女は笑って、

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うちつけの別れを惜しむかごとにて思はん方に慕ひやはせぬ
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 と冷やかしもした。
 京の間だけは車でやった。親しい侍を一人つけて、あくまでも秘密のうちに乳母《めのと》は送られたのである。守り刀ようの姫君の物、若い母親への多くの贈り物等が乳母に託されたのであった。乳母にも十分の金品が支給されてあった。源氏は入道がどんなに孫を大事がっていることであろうと、いろいろな場合を想像することで微笑がされた。母になった恋
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