むことがあっても、ただみずからの薄命を歎《なげ》く程度のものであったから源氏は気楽に見えた。何年かのうちに邸内《やしきうち》はいよいよ荒れて、すごいような広い住居《すまい》であった。姉の女御《にょご》の所で話をしてから、夜がふけたあとで西の妻戸をたたいた。朧《おぼ》ろな月のさし込む戸口から艶《えん》な姿で源氏ははいって来た。美しい源氏と月のさす所に出ていることは恥ずかしかったが、初めから花散里はそこに出ていたのでそのままいた。この態度が源氏の気持ちを楽にした。水鶏《くいな》が近くで鳴くのを聞いて、
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水鶏だに驚かさずばいかにして荒れたる宿に月を入れまし
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なつかしい調子で言うともなくこう言う女が感じよく源氏に思われた。どの人にも自身を惹《ひ》く力のあるのを知って源氏は苦しかった。
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「おしなべてたたく水鶏に驚かばうはの空なる月もこそ入れ
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私は安心していられない」
とは言っていたが、それは言葉の戯れであって、源氏は貞淑な花散里を信じ切っている。何に動揺することもなく長く留守《るす》
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