だけでもいっしょにいられることがもうないかもしれませんね。私たちがまだこんないやな世の中の渦中《かちゅう》に巻き込まれないでいられたころを、なぜむだにばかりしたのでしょう。過去にも未来にも例の少ないような不幸な男になるのを知らないで、あなたといっしょにいてよい時間をなぜこれまでにたくさん作らなかったのだろう」
 恋の初めから今日までのことを源氏が言い出して、感傷的な話の尽きないのであるが、鶏ももうたびたび鳴いた。源氏はやはり世間をはばかって、ここからも早暁に出て行かねばならないのである。月がすっとはいってしまう時のような気がして女心は悲しかった。月の光がちょうど花散里《はなちるさと》の袖の上にさしているのである。「宿る月さへ濡《ぬ》るる顔なる」という歌のようであった。

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月影の宿れる袖《そで》は狭くともとめてぞ見ばや飽かぬ光を
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 こう言って、花散里の悲しがっている様子があまりに哀れで、源氏のほうから慰めてやらねばならなかった。

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「行きめぐりつひにすむべき月影のしばし曇らん空なながめそ
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