》す御様子である。聡明《そうめい》な男女が熱を内に包んで別れの言葉をかわしたのであるが、それには洗練された悲哀というようなものがあった。昔に少しも変わっておいでにならないなつかしい美しい感じの受け取れる源氏は、過去の十数年にわたる思慕に対して、冷たい理智《りち》の一面よりお見せにならなかった恨みも言ってみたい気になるのであったが、今は尼であって、いっそう道義的になっておいでになる方にうとましいと思われまいとも考え、自分ながらもその口火を切ってしまえば、どこまで頭が混乱してしまうかわからない恐れもあって心をおさえた。
「こういたしました意外な罪に問われますことになりましても、私は良心に思い合わされることが一つございまして空恐ろしく存じます。私はどうなりましても東宮が御無事に即位あそばせば私は満足いたします」
とだけ言った。それは真実の告白であった。宮も皆わかっておいでになることであったから源氏のこの言葉で大きな衝動をお受けになっただけで、何ともお返辞はあそばさなかった。初恋人への怨恨《えんこん》、父性愛、別離の悲しみが一つになって泣く源氏の姿はあくまでも優雅であった。
「これから御陵へ参りますが、お言《こと》づてがございませんか」
と源氏は言ったが、宮のお返辞はしばらくなかった。躊躇《ちゅうちょ》をしておいでになる御様子である。
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見しは無く有るは悲しき世のはてを背《そむ》きしかひもなくなくぞ経《ふ》る
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宮はお悲しみの実感が余って、歌としては完全なものがおできにならなかった。
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別れしに悲しきことは尽きにしをまたもこの世の憂《う》さは勝《まさ》れる
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これは源氏の作である。やっと月が出たので、三条の宮を源氏は出て御陵へ行こうとした。供はただ五、六人つれただけである。下の侍も親しい者ばかりにして馬で行った。今さらなことではあるが以前の源氏の外出に比べてなんという寂しい一行であろう。家従たちも皆悲しんでいたが、その中に昔の斎院の御禊《みそぎ》の日に大将の仮の随身になって従って出た蔵人《くろうど》を兼ねた右近衛将曹《うこんえしょうそう》は、当然今年は上がるはずの位階も進められず、蔵人所の出仕は止められ、官を奪われてしまったので、これも進んで須磨へ行く一人になっている
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