、官庁への通知も済んだ今になって変更のできることでもなかった。男はそれほど思っていないことでも恋の手紙には感情を誇張して書くものであるが、今の源氏の場合は、ただの恋人とは決して思っていなかった御息所が、愛の清算をしてしまったふうに遠国へ行こうとするのであるから、残念にも思われ、気の毒であるとも反省しての煩悶《はんもん》のかなりひどい実感で書いた手紙であるから、女へそれが響いていったものに違いない。御息所の旅中の衣服から、女房たちのまで、そのほかの旅の用具もりっぱな物をそろえた餞別《せんべつ》が源氏から贈られて来ても、御息所はうれしいなどと思うだけの余裕も心になかった。噂《うわさ》に歌われるような恋をして、最後には捨てられたということを、今度始まったことのように口惜《くちお》しく悲しくばかり思われるのであった。お若い斎宮は、いつのことともしれなかった出発の日の決まったことを喜んでおいでになった。世間では、母君がついて行くことが異例であると批難したり、ある者はまた御息所の強い母性愛に同情したりしていた。御息所が平凡な人であったら、決してこうではなかったことと思われる。傑出した人の行動は目に立ちやすくて気の毒である。
 十六日に桂川で斎宮の御禊《みそぎ》の式があった。常例以上はなやかにそれらの式も行なわれたのである。長奉送使《ちょうぶそうし》、その他官庁から参列させる高官も勢名のある人たちばかりを選んであった。院が御後援者でいらせられるからである。出立の日に源氏から別離の情に堪えがたい心を書いた手紙が来た。ほかにまた斎《いつき》の宮のお前へといって、斎布《ゆふ》につけたものもあった。
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いかずちの神でさえ恋人の中を裂くものではないと言います。

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八洲《やしま》もる国つ御神《みかみ》もこころあらば飽かぬ別れの中をことわれ

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どう考えましても神慮がわかりませんから、私は満足できません。
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 と書かれてあった。取り込んでいたが返事をした。宮のお歌を女別当《にょべっとう》が代筆したものであった。

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国つ神空にことわる中ならばなほざりごとを先《ま》づやたださん
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 源氏は最後に宮中である式を見たくも思ったが、捨てて行かれる男が見送りに出るというきまり悪さを思って家にいた。源氏は斎宮の大人《おとな》びた返歌を微笑しながらながめていた。年齢以上によい貴女《きじょ》になっておられる気がすると思うと胸が鳴った。恋をすべきでない人に好奇心の動くのが源氏の習癖で、顔を見ようとすれば、よくそれもできた斎宮の幼少時代をそのままで終わったことが残念である。けれども運命はどうなっていくものか予知されないのが人生であるから、またよりよくその人を見ることのできる日を自分は待っているかもしれないのであるとも源氏は思った。見識の高い、美しい貴婦人であると名高い存在になっている御息所の添った斎宮の出発の列をながめようとして物見車《ものみぐるま》が多く出ている日であった。斎宮は午後四時に宮中へおはいりになった。宮の輿《こし》に同乗しながら御息所は、父の大臣が未来の后《きさき》に擬して東宮の後宮に備えた自分を、どんなにはなやかに取り扱ったことであったか、不幸な運命のはてに、后の輿でない輿へわずかに陪乗して自分は宮廷を見るのであると思うと感慨が無量であった。十六で皇太子の妃《ひ》になって、二十で寡婦になり、三十で今日また内裏《だいり》へはいったのである。

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そのかみを今日《けふ》はかけじと思へども心のうちに物ぞ悲しき
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 御息所の歌である。斎宮は十四でおありになった。きれいな方である上に、錦繍《きんしゅう》に包まれておいでになったから、この世界の女人《にょにん》とも見えないほどお美しかった。斎王の美に御心《みこころ》を打たれながら、別れの御櫛《みぐし》を髪に挿《さ》してお与えになる時、帝《みかど》は悲しみに堪えがたくおなりになったふうで悄然《しょうぜん》としておしまいになった。式の終わるのを八省院《はっしょういん》の前に待っている斎宮の女房たちの乗った車から見える袖《そで》の色の美しさも今度は特に目を引いた。若い殿上役人が寄って行って、個人個人の別れを惜しんでいた。暗くなってから行列は動いて、二条から洞院《とういん》の大路《おおじ》を折れる所に二条の院はあるのであったから、源氏は身にしむ思いをしながら、榊《さかき》に歌を挿《さ》して送った。

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ふりすてて今日は行くとも鈴鹿《すずか》川|八十瀬《やそせ》の波に袖は濡れじや
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 その時はもう暗
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